「くうせき……」
自分で呟いてはっとした。私の顔を見て、桜子は満足そうに微笑む。
ああそうか、彼女のこの得意気な顔が見たくて、私は必死に謎を解いているのかもしれない。勝ち誇った彼女を見て、ようやく気付いた。
「そう、この店内で空席、つまり空いている席は予約が入っていると言われたあの席だけよ。」
スタッフに断り、私は桜子とそのテーブルに近づいた。だが、見る限り不審な点はない。何もない?ハズレたか……?
桜子は少し不機嫌そうになってきた。
私は桜子からの無言の圧力を受け、仕方なくしゃがみこんで、熱心に探しているフリに入った。すると、予期せずテーブルの裏に青く光るものを見つけた。
「あった!」
思わず大きな声を出してしまったが、コホンと一つ咳払いをして、髪を整えゆっくり立ち上がる。
テーブルについていたのは青い石が付いた指輪だった。
「あ、それは!」
私の手を見て、スタッフが大きな声を出した。
「どうしてそんな所に!これこそ、オーナーが大切にしているチリの宝石、ラピスラズリです。なんでも数年前にチリのワイン畑を訪れた際に、蔵の方からいただいた特別なものらしくて。
にわかには信じがたいのですが、それを店に置くようになってからというもの、火を着けたように急に店が忙しく繁盛し始めたそうなんです。だから、それは商売繁盛のお守りだ、なんて言ってとても大切にしていたんです。」
興奮した様子で話すスタッフを見ながら、桜子がこっそりウィンクしてきた。
掲示板に書かれていたワケのわからない謎を解決して、大切なものまで見つけ出したんだ。
桜子の気持ちも大きく動いたはず……。
◆
時刻は20時過ぎ。オープン直後に入ったグループが帰り始め、やっと私たちもテーブルに案内された。桜子は迷わず“悪魔の1kg盛り”という、ダイナミックな料理を頼んだ。
肉一直線の彼女が素敵すぎる。
今は幸せそうにディアブロを飲んでいる彼女。そうだね、今夜は謎を解決したお祝いだ。それにここは「Diablo=悪魔」だ。
飲もう、今夜飲まずしていつ飲むんだ!
「おかわりするかい?」
さりげなく聞くと、彼女はコクリと頷いた。
その姿を見て条件反射のように右手を高く上げる。
クイズ番組で解答権を与えらし者のテーブルで、「ピコーン!」と勢いよく起き上がるあの札のように。
スタッフも私の勢いに呼応するかのように、くるりと踵を返してくれた。
鉄は熱いうちに、美女は冷めぬうちに!だ。
だが、勢いを付け過ぎたスタッフは若さゆえか勢い余って、先ほどの「空席」に豪快にぶつかった。
するとそこから、キラリと光るものが転がってきた。
今までトロンとしていた桜子が、それに反応すると急にキリリとして席を立ち、光るものに近寄った。
「これは……ソムリエバッジ。あなたのですか?」
「え、いいえ。僕はソムリエではありません。ソムリエは、彼です。」
若きスタッフは、一人の男性を指さした。その男性はこちらに気付くと、何事かと慌てた様子で近づいて来た。彼の胸ではソムリエバッジが輝いている。
「ソムリエバッジが落ちていたんですが、これはあなたのですか?」
完全にいつものテンションに戻ってしまった桜子が、ソムリエに聞いた。
「いいえ、違います。私のはここに付けていますから。」
「そうですよね。じゃあ、こちらにはソムリエの方は他にもいらっしゃるのかしら?」
「いえ、私だけです。」
「あ、これか!」
「空席」を調べていた若きスタッフが、椅子の裏を見て大きな声を出した。いきなりこんなものが転がってきて、おかしいなと思い調べていたのだろう。そこには、まだ新しい粘着テープが貼り着いていた。
なるほど、そこにソムリエバッジを着けていたのか。テーブルで満足して椅子の裏まで見なかったのは、不覚だ。
「ここにも謎を仕掛けてたのね。ソムリエバッジって、どういう意味かしら。一体、誰が何のために……?」
意味深に桜子が言った。
いやもう謎なんていいから!ワインのおかわり飲むよね?
だが彼女は今日も、さらりと帰ってしまった。
送ると言っても送らせてくれず、華麗にタクシーを止めると慣れたしぐさで身体を滑りこませてしまったのだ。
彼女は一体どこに帰るのだろうか?
どうでもいい謎は解けるのに、彼女は謎のまま……。
次回、11月12日、(土)更新
美人ソムリエが誘拐された?!美女救出のためなら、嫌いな謎解きもいた仕方なし!
■衣装協力:黒ワンピース¥52,000(ルーム エイト ブラック) トレンチコート¥95,000(タトラス×デミルクス ビームス/ともにビームス ハウス 六本木03-5413-7690) ボルドースエードパンプス¥15,000(ワシントン/銀座ワシントン銀座本店03-5442-6162) その他<スタイリスト私物>