小さな嘘は大きな嘘の始まり
「美穂ちゃん、長野県出身なんだ。彼氏はいるの?」
外科医だという伸宏が優しい目をして話しかけてきた。
地元の信州大学を卒業して約半年。同じ大学に通っていた彼氏である慎吾は浪人したのでまだ信州で大学生をしている。高校から付き合っている慎吾は 一緒にいると楽しくて、家族同然の仲だった。 今でも毎日LINEはしているが、最近少し面倒くさくなってきている。
「えっと...いません!」
とっさに口から嘘が出る。
いないと言ってから、嘘をついてしまったことを後悔した。何で隠しちゃったのかな...そう思った時、マリエとその隣に座っている拓哉の会話が耳に入る。
「私、大学時代からずっと付き合っていた彼氏と別れたばかりで...」
大嘘だった。
知っているだけでも、マリエには現在彼氏が二人いる。一人は5つ上の商社マン・純也で、もう一人はかなり年上の、IT系企業を経営している陽平だった。マリエが持っている鞄や洋服は、かなりの割合で陽平から買ってもらっている。
「こんな可愛いのに彼氏いないの!?マリエちゃん、俺とかどう?」
え〜と言いながら、マリエのお得意のスキンシップ作戦が始まった。毎回この光景を見ている。上手に巻かれた髪に、女性らしい身体のライン。マリエが少し寄り添うだけで、男性陣の目尻は下がる。とてもじゃないけれど、そんな真似はできなかった。
食事会の後、マリエと拓哉の二人はタクシーに乗って夜の街へと消えていった。伸宏は送るよ、と言ってくれたが電車で帰った。
「マリエ、昨日大丈夫だった?」
翌朝LINEを送ったが、昼過ぎまで既読にならず、返信が来たのは夕方だった。
「全然平気。しかし朝起きてよく見たら、そんないい男でもなかった(爆)」
マリエからの返信を見て小さな溜息をつく。毎回、食事会の度に誰かと消えていくマリエ。今日は彼氏と夕方からデートだと言っていたのに、どうするんだろう。
「ってか、昨日の伸宏さん超〜〜リッチらしいよ!私、今度拓哉じゃなくて伸宏さんとご飯行きたいから美穂、根回し宜しくね。」
分かった、と打ちかけたが手を止める。芝公園近くにあるラトゥールとかいうマンションに住んでいる、と伸宏が言っていたことをふと思い出した。
「マンション名まで言うなんて、変な人。」
伸宏から、またご飯に行こうと言われていた。
グループLINEとは別に、個別で来ていたLINEに返信を打つ。
「今度、二人でお食事どうですか?マリエとか抜きで」
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