野心のゆくえ:35歳で2度目の起業を成功。望むものを手に入れても、さらに上を目指す理由とは?
翼が36歳になったある日、自宅マンションにダイナースクラブから見慣れない黒い封筒が届いた。開けてみるとそれは、プレミアムカードへのインビテーションだった。
―やっと、砂田先輩と同じステージに立てる……―
数年前、砂田がこのカードを使っていた姿が真っ先に浮かんだ。憧れの砂田にやっと、少しだけでも近づけたという思いが、何よりも翼の胸を熱くする。砂田は一番の恩人であり、一番のライバルでもあるのだ。
翼はこの10年を思い返した。
まだ何者でもなく、ぱっとしない社会人生活に焦燥感を抱えていたあの頃。ダイナースクラブカードをきっかけに、自分の強みが“食にまつわること”だと気付いた。
それから1度目の起業と挫折、再起を懸けた猛勉強。
人生最悪の出来事だと思った失敗があったからこそ、今の自分がある。何者でもなかった自分が、10年という時間をかけ醸成された。その経過は意外にも楽しく、人生の充実も存分に味わった。
ソファに座って大きな窓の向こうに広がる景色を見ていると、帰宅した保奈美に声をかけられた。
彼女とは結婚を控え、一緒に暮らし始めていたのだ。
「どうしたの?何かあった?」
勘のいい彼女は、翼の顔を見るとすぐにそう言った。
「いや、ちょっと嬉しい事があって……。」
「そうなの、じゃあ後で聞かせてね」と彼女は嬉しそうに笑い、バスルームへ向かう。彼女の美しい背中を見ながら、翼は新たな誓いを胸に刻んだ。
―このカードを持つのに、ふさわしい男になろう。そして、もっともっと上を目指すんだ―
バスルームからは、保奈美の鼻歌がかすかに聞こえてくる。
翼は、これ以上ないという満ち足りた思いに包まれた。
(完)