野心のゆくえ:同期と比べて壁にぶち当たる27歳男。尊敬する先輩の一言に心えぐられた夜
この日連れて行かれたのは『赤坂璃宮 銀座店』。まずはビールで乾杯し、早々に紹興酒にうつると、翼は最近の悩みを聞いてもらった。一方の砂田は、また新たな新規事業を構想中とのことで、彼の熱のこもった話に翼は圧倒された。
―さすが砂田先輩、見てるものが違いすぎる……―
食事を終える頃には、砂田に刺激を受けていつもの前向きな気持ちを取り戻した翼。テーブルで会計を済ませる砂田に「いつもごちそうさまです」と頭を下げる。
「気にするな、お前のコース分は無料だから」
そう言って砂田は、手に持っていたクレジットカードを見せてくれた。
「どういうことですか?」
「そういう特典があるんだよ、このカードには。……あれ、お前知らないの?ダイナースクラブ。」
「え、知りません……」
知っているのを前提にされているようで、「知らない」と言うのがはばかられたが、正直に申告した。そんな翼に、砂田はあきれるようにして口を開く。
「なあ、お前もうすぐ27歳だろ?しかもグルメ自慢もしてるよな?そんなお前がこのカードを知らないなんて、まだまだだな。」
砂田はそう言った後、「カードといえば、思い出したんだけど……」と話題はすぐに切り替わり、詳しいことは聞けなかった。
帰りの銀座線に揺られながら、尊敬する砂田に「まだまだ」と言われて、言葉の真意がわからないまま翼の負けず嫌いに火がついた。それからダイナースクラブの事を調べ、ニューヨークのレストランで生まれた世界で最初のクレジットカードであり、食事をする人という意味で「ダイナース」という名前になったことを翼は知った。また、入会資格が27歳以上と書いてあり、やっと砂田が言った言葉の真意を理解した。
―へぇ、確かに俺にぴったりなカードだなー
そして、尊敬する砂田も使っているのだから、27歳になったらこのカードを作ろうと翼は決めたのだった。
◆
27歳になり数カ月が過ぎた翼は、毎日を充実させていた。早々に作ったダイナースクラブカードを駆使して、砂田が使っていた同伴者1名分のコース料金が無料になる特典で上質な料理を楽しんだり、ダイナースクラブ フランス レストランウィークではここぞとばかりに、普段では敷居の高いレストランへも行った。
優香は、翼が27歳になって以来、少しずつデートの質が変わってきたことを喜んでいた。だが、同時に不安も抱えていた。結婚願望が強く、早く子供が欲しいと思っている優香は、そろそろプロポーズしてほしいと思っていたのだ。
付き合ってもう3年になり、優香は今年26歳になる。28歳までに結婚したい優香にとっては、そろそろそんな話もあっていいのではないかと思っていた。だが、翼からは結婚を意識している素振りは感じられない。
―潮時なのかな……―
そんな思いが優香の頭をかすめる事が増えていた。
―園田さんだったら、違うのかな……―
考えないようにしていた相手の名前が、最近頭から離れない。