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  • お酒の履歴書 Vol.1

    お酒の履歴書:乾杯から始まる恋物語 〜アラサー失恋女、美佳の場合~

    「美佳は本当にいつも美味しそうにお酒を飲むね」
    「それって、褒めてるの?」
    「褒めてる。相手を気分よくさせる飲み方だよ」
    飲みっぷりがいいとは、これまでデートした男性たちにいつも言われてきたことだ。

    「でもさ、もしもお酒が飲めなかったら、全然違う人生だったのかなと思ったりするよ。もうとっくに結婚してるとか……」
    「飲みながらこれから結婚すればいいじゃない。好きなのは変えられないよ」
    確かに、お酒はすでに私の生活に欠かせないものとなっている。お酒で失敗したこともあるけれど、それよりも楽しい想い出の方が多いし、ときには救われている。まさに今この瞬間だってそうだ。
    「じゃあ、もう一回、乾杯しようかな」
    「チンチン!」

    それから、私はフラれた彼氏の愚痴を言って、西野は「そうだね」とずっと相槌をうってくれていた。気づけばあっという間に終電になっていた。別れ際の、「飲みたくなったら言ってよ」という西野の言葉を真に受け、私は翌週も西野を誘った。いままでは身近すぎて誘えなかった相手との関係が、10年後に1日で変わったのだ。


    3度ふたりで会ってみて、その甘えやすさと居心地の良さがクセになりそうになってきている。独占欲がほのかに芽生えてきていた。西野の女性関係は知らないけど、彼女はいなそうな様子。

    3度目にふたりで飲んでから2週間後、まだデスクにいる西野にLINEで「もう終わる?飲み行かない?」と誘ってみた。するとすぐに「ごめん、今日はまだかかりそう」と返事がきた。

    想像以上にショックを受けている自分がいたけど、西野に「お疲れさま」と声をかけ会社を出る。ひとりでもよく行くあの東銀座のバーに行こうとしたけど、ふと、この前のチンザノのスパークリングが飲みたくなって、『ビストロ ボラチョ』へと向かった。

    カウンター席に座り、同じスパークリングをグラスで頼む。グラスに鼻を近づけるとほのかにマスカットの香りがして、仕事のストレスを忘れさせてくれた。西野がいっしょだったら、また「チンチン」って乾杯できたのにな……と思い、写真を撮ってLINEで送りたくなったけれどやめておいた。

    店は友達の家に来ているようなアットホームな空間で、女性ひとりでも気軽に入れた。実際にカウンター席にはもうひとり20代半ばくらいの女性がいて、彼女もまた、チンザノのスパークリングを飲んでいた。飲む前には、グラスを顔に近づけ自撮りも行っていた。SNSにアップするのか、彼氏にでも送るのだろう。読者モデルみたいな、かわいらしい女性だった。

    フルーティな甘みは、夏の始まりにもピッタリで、穏やかな気持ちになった。また西野を仕事帰りに誘ってみよう。焦らずゆっくり。社内恋愛の仕方はわからないけれど、向こうに気があれば飲んでいるうちに何か起こるはず。

    私は、周りの女性たちに比べて結婚への意識は低い方かもしれない。世間一般的な結婚適齢期を超えているというのに、危機感もなく、西野に対しても悠長にかまえていたのだった。


    vol.02 婚活中OL、明子の場合
    伊藤明子(化粧品会社勤務・26歳)
    飲みレベル ★

    西野さんに前に連れて行ってもらったお店『ビストロ ボラチョ』はカフェみたいな雰囲気で、女性ひとりでも入りやすい店だった。いつもはそんなにお酒を飲まない私だけれど、ひとつ新しく、自分でも注文できるお酒が増えた。

    「チンザノ アスティをグラスでください」

    それは、西野さんがすすめてくれたお酒だった。グラスがくると、飲む前にお酒と一緒にセルフィーを撮った。それを、“チンチン、チンザノ!”というメッセージとともに西野さんにLINEで送る。すぐに既読になって、「おっ、いいね!」と返事がきた。手応えとして、もうほとんど手中にあるような気がしている。あとはいつまで健全なデートを引っ張るか。

    グラスのなかで繊細な泡が立ち上っている。その泡が、私のポジティブな気持ちを後押ししてくれているような気がしていた。

    (第1話・終)

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