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  • お酒の履歴書 Vol.1

    お酒の履歴書:乾杯から始まる恋物語 〜アラサー失恋女、美佳の場合~

    西野を呼び出して飲むようになったきっかけ。
    それは、美佳を突然襲った彼氏の“甘い”一言だった。

    当時つき合って1年になる彼氏と家でテレビを見ていて、私が何気なく

    「あ〜、私もこれくらい痩せたいなあ」
    と口ずさんだら、その彼氏が

    「そのままの“ユリ”でいいよ」
    と、私“美佳”に言ったのだった。

    すぐに突っ込んだらヤバイみたいな顔して、
    「元カノだよ…」
    と弱々しく言っていたけれど、そんなの誰も納得できない。問い詰めたら逆ギレされてケンカになりその日は別れたけれど、一週間後、彼から恐怖のLINEが届いた。

    “ごめん、GWの旅行いけない。もう別れよう”

    会社でそのLINEを開き、青ざめた。またプレイボーイにふられてしまった。昔ひどい二日酔いになったとき、二日酔いは失恋よりつらいと思ったりしたけれど、やっぱり全然そんなことない。

    動揺を隠せずうなだれるようにしていた私に気づいたのが、西野 純だ。もう飲むしかないと、その日初めてふたりで飲みに出かけた。彼氏にバッサリふられて、喉が渇いて仕方がなかった。

    水野が失恋した美佳にすすめた飲み物とは…!?

    西野 純が連れ出してくれたのは、『ビストロ ボラチョ』という、雰囲気としてはカフェに近いビストロ。彼はそこの常連らしくて、どんなお酒を置いているかも把握していた。

    「まずは泡で乾杯でもするか!」
    「こんな日に、何に乾杯するっていうの!?」
    「う〜ん、また新しい恋愛ができるってことにかな」

    そう言って西野 純が頼んだのは、チンザノのスパークリング。チンザノという名前は知っているし飲んだこともあるけど、泡は初めて。アスティという名のちょっと甘いタイプのスパークリングワインらしい。

    フルートグラスの中で立ちのぼる泡を見ながら、私たちはグラスをぶつけた。その瞬間、西野 純は“乾杯”ではなく、
    「チンチ〜ン!」
    と陽気に口にした。

    「何それ??」

    「聞いたことあるでしょ、イタリアの乾杯の挨拶。今日はこっちの方が楽しいと思ってさ。ほら、言ってみてよ。チンチン、チンザノ!」
    「え……。チ、チンチン、チンザノ」

    私たちはもう一度グラスを重ねた。

    「本当だ。ちょっと楽しいかも(笑)」
    「こういうのをさ、おまじないと思えばいいんじゃない? チンチン、なんとかなるさ〜って」

    「確かにイタリア人はあんまりくよくよしなそう」
    「そうそう、この夏はラテンの心でいこう。楽しく飲んでいれば、いいことあるよ」

    初めて飲むそのスパークリングは、いつも飲む辛口の泡より優しい味で、心がほっと癒された。

    「不毛な恋愛が終わってよかった、よかった」
    「また同じパターンで失恋しちゃった。出会ってすぐに燃え上がって、すんなりつき合って、そしてフラれる。いかにもモテるタイプの男の人に」

    私はいつも一回目のデートからすぐに盛り上がるのだけれど、それはお酒がいい脇役にもなっている。

    気になる相手とのデートは楽しくって、楽しいとお酒も美味しくなるからつい杯が進んで、ホロ酔いになったらさらに楽しくなって……、と無限のループ。

    19時集合でもあっという間に深夜2時くらいになっているのだ。一度のデートで過ごす時間が長いからか、そこからの展開もわりと早い。呑兵衛の女性の恋愛は2倍速かもしれない。

    「美佳はさ、違うタイプの男にも目を向けてみたら? いつも金融とかコンサルとか丸の内系のエリートサラリーマンじゃん。そもそも、合コンとかじゃなくて、美佳の性格をよく知っている人の方が合うんじゃないの?」

    それって、社内恋愛とか? 自らが当てはまることを、面と向かって言うなんて、よっぽど気がないのかアピールなのかと戸惑った。

    これまで、社内恋愛にはまったく興味がなく、むしろ嫌悪感すらあった。仕事を一緒にする人たちに、女を出したくなかったし、女だと見られたくなかった。それに、恋人とまで仕事の話をしたくない。違う業種の男性との方が自分の視野が広がるはず、そう思っていた。

    でもそれは意識し過ぎで、シャットダウンする必要はなかったのかも。実際にこれまで他業種の男性たちと上手くいかなかったのだ。灯台下暗し、社内には未知なる可能性が広がっているかもしれない。

    西野はスパークリングワインの2杯目を飲み干すところだ。新入社員のころと比べて、顔も身体も少し肉付きがよくなって、男臭くなっている。私も、西野を追いかけるように甘い泡を喉に流し込んだ。

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