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日比谷線の女 Vol.14

日比谷線の女:東銀座に住む開業医の彼は、難攻不落のワケあり物件だった?!


英明との関係が2ヶ月を迎える頃、彼が『うかい亭』の個室を予約してくれた。なんとなく、ついに正式なお付き合いの申し込みがあるのでは、と香織は内心そわそわしながら、彼との待ち合わせに訪れた。

個室に通されると早速、料理が来る前から彼の写真を数枚撮らされた。彼のiPhoneを渡され、数枚撮ると彼のチェックが入り、「もっとこっちの角度から撮ってみて」と言ってまた数枚撮らされる。

そんな彼の行動に違和感を覚えながらも、言われるままに彼の写真を撮った。「これくらいのことで英明を諦めるのは勿体ない」香織は、そう自分に言い聞かせていたのだ。

英明は、香織が求めているハイクラスな男性そのものなのだから、これくらいのことは目をつぶれるし、付き合いが深くなれば「ほどほどにしてね」くらいは言えるはずだ。

だが、デザートを食べ終えても、2人の関係を発展させるような話は切り出されず、しびれを切らせた香織はついに聞いたのだった。

「私たち、付き合ってるんだよね……?」

英明は右の眉をピクリと動かし、「どうしたの?」と逆に聞いてきた。

今みたいにはっきりしない関係は嫌だと香織が言うと「それってそんなに大事?」とまた疑問形で返し、「今一緒にいたいから一緒にいる、これじゃダメかな?」と言うのだった。

—もう私は31歳目前で、ゆっくり待ってる時間はないの!—

心の中で叫ぶが、こんなことを言ったら男の人が逃げるのはわかっている。本当に言いたいことはぐっと飲み込み「ごめん、気にしないで」と笑った。

外へを出ると、ライトアップされた店の前で、またしても彼のiPhoneを渡された。数枚撮ると、やはりダメ出しされ、香織がしゃがんで下から撮るように指示された。

まるで、自分が彼専属のカメラマンにでもなったようで、なんとも言えない虚しさに襲われ、香織の中で我慢していた不満が一気に溢れた。

彼にiPhoneを投げつけ、「勝手にやってよ」と言い捨て、スタスタ歩く。慌ててiPhoneを受け取り追いかけてくる彼を無視して、昭和通りの銀座5丁目交差点へ向かった。

その日、彼との関係は終わった。英明の写真は何枚も撮ったが、2人で一緒に撮った写真は、結局1枚もない。彼のFacebookには、香織が店内で撮った写真がきちんとアップされており、「半期に一度のうかいの日!」と書かれていた。

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日比谷線の女

過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。

そんな、日比谷線の男たちと浮世を流してきた、長澤香織(33歳)。通称・“日比谷線の女”が、結婚を前に、日比谷線の男たちとの日々、そしてその街を慈しみを込めて振り返る。

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