土曜日のお昼頃、二子玉川の私の家まで淳さんが迎えてに来てくれた。傍らに停められていたのは、綺麗な赤色のクルマ。曲線的なデザインも美しく、新緑にとても映えていた。
「わー、すごいピカピカだね」
「2週間前にきたばかりだから。助手席には、まだハナしか乗ってない」
ハナ……、やっぱり女が…??と焦っていると、
「あ、うちの犬ね」
と彼。なんだか気持ちを見透かされているようで、ちょっと恥ずかしい…。
そんな軽い会話をしながら、私たちはクルマに乗り込んだ。赤いパイピングのシートが可愛らしい。
「ねえねえ、ちょっと聞きづらいんだけど……、このクルマはなんていうブランドなの?」
「(笑)ルノーだよ。フランス車」
( ルノー?知らないなぁ… )
心の中でこっそりと首をかしげる。思えば、クルマの種類なんてほとんど知らない。でも、私でも知っているメーカーじゃない分、興味が増す気がした。うまく言えないけれど、ギラギラしてなくて乗っていて落ち着く感じ。
「女性はクルマとか時計とか、普通そんなに知らないよね。銀座のクラブのお姉さんならよく知ってるかもだけど」
そう言いながら、淳さんは優しくクルマを発進させた。
「どうしてこのクルマにしたの?」
「自分らしさを大切にするフランス人の生き方がいいなと思って。車選びって、人生の選択に似てると思うんだよね。僕は、みんなと同じような流行りのクルマより、自分が素直に好きだと思えるクルマに乗りたいと思ってコレにしたんだ」
変な見栄をはらない淳さんらしい。
「赤色にしたのは?」
「シンプルに、ルージュフラムっていうこの赤色に一目惚れしたから(笑)ちなみにルノーの中でもこのルーテシアって車はLOVEがテーマなんだよ。この赤色ともピッタリだよね」
淳さんはそう言って軽く微笑んだ。
「ところで、今日はね…最初は海の方に行こうかなとも思ったんだけど、あえて街なかを走りたいと思う」
「街なかって?」
「それはナイショ。まぁ、東京にもいろんな魅力的な場所があるからさ。クルマの中から見える景色や風を感じながら、楽しんでください。ヒントとして、“100kmのフレンチフルコース”とだけ言っておこうかな」
「100kmのフレンチフルコース??」
聞いたこともないフレーズに頭が混乱する。そんな私を横目で見ながら淳さんは、ふふふと優しく笑うと、
「二子玉川に帰ってくるのは夜になると思うけど、ちゃんと送り届けます」
とつけ加えた。
ちょっと変わった提案に不思議と胸が高鳴る。淳さんはいったいどこに連れて行くつもりなのだろうか?
真っ赤なルノーは、新緑がほころぶ青山通りを颯爽と駆け抜け、八丁堀にある人気フレンチ『シック プッテートル』で停まった。