「ここはフレンチの人気店で、すごく旨いんだけど、あたたかい雰囲気で肩肘はらずに楽しめるから気に入ってるんだ」
淳さんが言うように、『シック プッテートル』の店内は、まるで誰かの邸宅みたいに居心地のいい空間が広がっていた。壁一面に飾られたボトルや天井からぶら下がる華美すぎないシャンデリア、そして壁に駆けられた大きな鏡がオンナ心をくすぐる。
「可愛いお店だね…!」
感動する私を、感じのいいスタッフが席に案内してくれた。
席に着いて一息つくと、彼はおもむろに店のスタッフに目配せ。すると、なんとも美しい前菜料理が運ばれてきた……!
「すごい綺麗なお料理!」
「熊本産の桜肉のカルパッチョだよ。ここの料理は、シェフの豊かな発想力のおかげで、目にも舌にも発見があって楽しいよ」
「桜肉!?って馬肉??うわ、美味し~!!!私たち、土曜のお昼から贅沢してるね〜」
まだ前菜だけれど、なんてお洒落なスタートなんだろう。
「淳さんは、いつもこんなに美味しいものを食べてるの?」
デートにもぴったりな美味しいお店を知っている男性は、やっぱりデートが多いのかなとも勘ぐってしまう。
「そんなに優雅じゃないよ。ここも同僚が教えてくれたんだけど、実はランチでしか来たことないし。でも、今度ディナーで来てみようか」
( もう……次の約束みたいことを言ってきて。期待しちゃうじゃない! )
もちろん悪い気はしないけど、彼の些細な一言に反応してしまう自分がうらめしい。きっと彼からすれば、なんの気ない一言なのだろう。
前菜を食べ終わり、さて次の料理は…と思ったところで、淳さんが席を立った。
「さ、次は魚料理を食べに行こう」
「え……?」
驚く私の手を引いて、淳さんは店の外に出ると、
「次は『アビス』っていう外苑前の魚介フレンチを予約してあるんだ」
といたずらっぽく微笑んだ。
久しぶりに、本気の恋ができる予感がする…
『シック プッテートル』を出て、次のレストランまでの道すがら、私はそんなことを考えていた。
ここまでの展開は完璧だった。家までお迎えに来てくれて、優しくエスコートもしてくれ、さりげないサプライズで楽しませてくれる。きっと“100kmのフレンチフルコース”というのも、美味しいものが好きな私を喜ばせるために、彼が考えてくれたスペシャルコースなのだろう。ドライブをしながら、1店舗1店舗、美味しいお料理を食べ歩く。私にとって、まさに理想的なデートだ。
その一方で、順調すぎて怖いという気持ちもあった。私ばかり夢中になって、結局フラれたら、目も当てられない。30歳の女子は失恋に敏感なものだ。傷つきたくないから期待しすぎない方がいいという気持ちが歯止めをかける。彼の本当の気持ちが知りたい……。
クルマの中で悶々と考え込む私が気になったのか、淳さんは途中で車を止め、私にこう声をかけた。
「難しい顔してるね。もしかしてクルマに酔っちゃった?ちょっと散歩しようか」