キャリアと結婚…どっちも大切。ゆれ動く女心の向かう先は……?
麻美の職務室に入って来るなり、吉見の罵声が飛ぶ。
「すみません。あと1時間で提出できます!」
「正午までに作成しろって言ったよなぁ。ったくもう……。」
大股でズカズカと部屋を出ていく。怒っている時の歩き方だ。
純也から転勤を告げられて以来、どうにも仕事が手につかない。急ぎのドラフトをなんとか作成して、デスクでひと息つくが、考えるのはやはり、あの夜のことだ。
別れ話でなくてよかった。心底ホッとした。だけど正直にいえば「なぜ、今なの?」と運命を恨んでしまう。
勉強漬けの毎日からようやく解放されて、憧れの事務所に入所して、任せてもらえる仕事も増えて。これから、渉外弁護士としてのキャリアを積むはずだったのに。
たしかに、エリカ達との女子会で「幸せな家庭もつかんでみせる!」と心に決めた。ただ、それは直近、いますぐの話ではなかった。純也の転勤があと少し、もう少し先だったらよかったのに。
ふと、雄介の顔が頭に浮かぶ。もう何年も行き詰まった時は全力で頼っていただけに、反射的に思い出してしまう。どのみち、きちんと気持ちを告げないといけないと思っていた。大切な存在だからこそ、このままフェードアウトさせるわけにはいかない。
―――久しぶり。今晩、会えない?―――
メッセージを送ると、すぐに「今日は早く終わりそうだよ。上原で大丈夫?」と返信が来た。テンポよくメッセージをやりとりし、22時にいつものお店で待ち合わせすることが決まった。
約束の時間より、20分ほど早めに着いたはずなのに、雄介の姿はすでにあった。メニューを見ながら、恒例の近況報告をする。しかし、あの話題に触れないようにしているからか、言葉が上滑りしているような気がする。 「倉木、なにやってんだよ! ドラフトの回答まだなのか? 先方から催促来たぞ。」
2杯目のお酒がテーブルにきたら言おう。そう心に決めていた。
「あのね……。この間のことだけど、気持ちはすごく嬉しい。雄介は私にとって本当に大切な人だよ。支えてくれて感謝してる。だけど今の私がいるのは、純也のおかげなの。純也はなくてはならない存在というか……。」
純也への想いを告げるのが、いたたまれなくなってつい歯切れが悪くなる。
「そんなことわかってるよ。ただ伝えたかっただけだから。」
と、雄介の答えはそっけない。だが、その目の奥にたたえられた深い哀しみを見ると、思わず胸が苦しくなる。好きだった、柴犬・次郎に似たあの笑顔はそこにはない。
「ごめん。って、謝るのも変だよね。」
はぁ……。抑え切れず、深いため息をついてしまう。悲劇のヒロインを気取るつもりはないが、大切な人の気持ちに応えられないのは、どうしたって悲しい。
ピンと張りつめた無言の時間を破ったのは、雄介だった。
「麻美さ、勘違いだったらごめん。純也さんと何かあった?」