突然届いた実家からの小包
ある日の19時、夕食を作っていると母から小包が届いた。野菜やだしパック、缶詰、そして美咲の好きなフルーツがぎっしり詰まっている。今までは腐らせてしまうことが多かったが、今や自炊派に転向した美咲にとっては、この上なくありがたい。
一緒に入っていた手紙にはこう綴られていた。
「美咲、元気にしてる?お父さんが美咲に送れというので送ります。
東京に住みたい、というあなたに大反対したお父さんに、『実家が定食屋なんて、恥ずかしいから家を出たいの!』なんていったものだから、あれ以来ほとんど会話らしい会話してないでしょう。
お父さんとあなたは似ているから、なかなか素直になれないのも分かるけど、『美咲はどうしてるのかなあ』なんて、お父さん寂しそうですよ。たまには顔を見せに帰ってきてね。」
手紙から目を上げると作りかけの筑前煮が目に入り、美咲は料理を教えてくれた父のことを思い出した。
—この筑前煮も確か、お父さんが教えてくれたんだっけ……。火にかけたらすぐにニンニクのみじん切りを入れて香りを油に移す、とか野菜を入れる順序とか、うるさかったなぁ。
合コンで実家の職業を聞かれて「和食割烹」と咄嗟に嘘をついた美咲だったが、実際は埼玉にある小さな定食屋だった。職人気質の父親が作る料理は、素朴ながらも飽きのこない味で常連客が多かった。
しかし美咲は実家が定食屋であるということを、東京に出てからは頑に秘密にしていた。なんとなく恥ずかしいし、ジュエリーブランドの広報というキラキラした自分のイメージに合わないからだ。
子どもの頃は、毎日仕込みの手伝いをさせられて、それが当たり前だと強要する父親に嫌気がさし、次第に反抗するように料理をやめてしまった。「女の子なんだから、これくらいできて当たり前だ」、そういう父親が大っ嫌いだった。しかし、改めてやってみると、父と同じ味を再現しようとしている自分に気づく。
—お父さんの作った料理が食べたいな…… 。
美咲は、久しぶりに父親に会いたくなった。
理系地味男子から来た、突然の誘い
実家からの小包が届いた翌日、1人でランチをとっていると、LINEに1通の新着メッセージが届いた。
「お久しぶりです。先日お食事した成澤です」
美咲は思い出すのに数秒かかった。
― ああ、あのハズレの合コンにいたちょっとイケメンだけど地味なエンジニアか。
「成澤さん、お久しぶりです」
理屈っぽい男は父親を思い出すため、いつもの美咲なら理系の男性は相手にしないところだ。だが、父親に久々に会いたくなった昨日の思いが無意識に働いたのか、気まぐれに返事をしてみた。
ただ、返しはしたものの、美咲は少し警戒していた。合コンの後に期間を置いて連絡を寄越す男は、下心を持った確信犯がほとんどだ。在庫整理でいけそうな異性に、片っ端から連絡する輩が多い。事実、元カレの翔太も今となってはそうだった。
成澤から、すぐに返信が返ってきた。
「あの映画の続編が、来週公開されるらしいですよ!」
いつもの合コンでは決して口にしないが、美咲は『聖☆お姉さん』の大ファンでその映画の続編があるらしい。突然の見慣れた固有名詞に、心惹かれた。
ハズレ合コンのときは相手によく思われようとする必要がないので、自分の好きな話をひたすらして帰る。それがマキと美咲のセオリーだった。成澤との合コンも、ずっと漫画の話をしていたが、そのとき成澤は一生懸命美咲に話を合わせていた。その姿を思い出し、美咲は少し警戒心を緩めた。
「来週公開なんですか!知りませんでした」
「僕、あれからいろいろ研究したんですよ、『聖☆お姉さん』!一緒に見に行きませんか?」
「いいですね、是非」
美咲は地味なエンジニアが相手とはいえ、久々に心が浮き立つのを感じた。