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日比谷線の女 Vol.2

日比谷線の女:弁護士の彼に「下流」の烙印を押された、広尾ガーデンヒルズの夜

孝太郎は身長170cm程とそんなに高くはないが、顔が小さい分すらりとスタイルが良く見えた。

体毛が薄く、テニスで日焼けした肌に筋肉質な腕、さらに白い歯が光る、絵に描いたような爽やかイケメン。黙っていても少しだけ口角が上がっているのが、香織のツボをさらに刺激した。

神戸出身、慶應法学部を卒業後、有名な弁護士事務所に入り、その後独立。独立してからはテレビ局の顧問弁護士も務めるなど、辣腕を振るっていた。どうやら本人の実力もさることながら、実家が神戸の名のある家らしく、なかなかのコネを持っているとのことだった。

出会ったのはやはり六本木ヒルズのパーティ。「タイタニック」は好きだが「アルマゲドン」は嫌い、「スタートレック」は好きだが「スター・ウォーズ」は嫌い、と映画の趣味がぴたりと合い話が盛り上がった。

それからデートをして、すぐに交際がスタートしたのだ。

上京からまだ1年も経っていない香織は、孝太郎と付き合うまで、広尾には1度しか行ったことがなかった。自宅のある祐天寺、勤務先の新宿、パーティに繰り出す六本木や麻布十番。それが主な出没スポットであり、広尾は近くて遠い場所だった。

高級住宅地というイメージがあったが、いざ行ってみると商店街があり庶民的な街だなと、初めて行った時は少しがっかりしたものだ。

確かに外国人ファミリーが多く、穏やかな雰囲気はあった。だが、憧れの街と言われてもピンとこなかった。

有栖川宮記念公園にも行ったが、その名前ほどのインパクトはなく、軽いハイキングのように、きちんと舗装されていない段差の大きな階段を上へ上へと息を切らせて登らなければならず、「もう来なくていいかな」と思ったものだ。「新宿御苑の方が開放感があって、なんかオシャレ」これが香織の感想だった。

だが、孝太郎と付き合い出して初めて、本当の広尾を知った。そのハイソサエティな世界を、だ。

有栖川宮記念公園とは外苑西通りを挟んで反対側、広尾ガーデンヒルズやその横の聖心女子大の奥にそれは隠れていたのだ。豪邸や豪華なマンションがずらりと並ぶことで有名な広尾2丁目、3丁目だ。

広尾駅を出て外苑西通りから「南麻布5丁目」と書かれた歩道橋の手前を左に曲がると、緑のトンネルと言って良い程の木々が立ち並ぶ道に入る。その先は緩やかなカーブと上り坂が続き、坂を上る程に緑は豊かさを増す。風に揺れる葉の間からは重厚感溢れるガーデンヒルズの「ヒル」が見えてくる。


本当の広尾を知った香織は、すぐにこの街に魅了され、それからは足繁く通う事となったのだ。


仕事帰りに広尾に寄っても、孝太郎は多忙のためか待ち合わせに遅れてくることが多かった。広尾で時間を潰す時は決まって、『ナショナル麻布マーケット』前の『セガフレード・ザネッティ』でカフェラテを飲んでいた。

2階まである店内だが、香織が座るのはいつも、1階の道路がよく見える窓際の席。

ここにいると、芸能人の目撃率が高いことに、ある日気づいたのだ。ただし、歩いているのではなくタクシーに乗った芸能人だ。ちょうど道路がカーブになっており、タクシーがスピードを緩めるため、乗っている人の顔が見える。香織はここで何人ものモデルやタレント、俳優を見た。それは孝太郎を待つ間の密かな楽しみだった。

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日比谷線の女

過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。

そんな、日比谷線の男たちと浮世を流してきた、長澤香織(33歳)。通称・“日比谷線の女”が、結婚を前に、日比谷線の男たちとの日々、そしてその街を慈しみを込めて振り返る。

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