2016.03.21
シンガポール・ラブストーリー Vol.4その店の1階はボウタイや眼鏡などが売られていて、一見すると紳士服の店のよう。店名だって、その名も『D.Bespoke』(オーダーメイド)。何も知らなかったらバーだと思う人はまずいないだろう。でも内扉を開け中に入っていくと、そこには内装のとびきり格好いいバーが広がっていた。
常連らしい誠さんは、店主と一緒に、はじめ店の別の階を私に見せてくれた。そこには綺麗なスーツも置かれ、秘密のシガールームもあり、すべてが大人のおとぎ話のような空間だった。雑誌で飲食店の取材をしながらも、デートで肝心なのは相手との相性で、店選びはそこまで大差つかないだろうと思っていた私だけれど、ここなら差がつく……。
カウンターに戻り、バーテンダーの方と相談しながら注文したのは、大好きなシェリーの飲み比べ。3種の味わいの異なるシェリーが細いステムのグラスに入れられ、その液体には色っぽさすらあった。
グラスに鼻を近づけると甘く豊潤な香りがして、香りだけでも3種のシェリーは個性がバラバラ。
誠さんは珍しそうなバーボンを頼み、私達は静かに乾杯をした。もう何回目の乾杯か分からないけど、誠さんはよく乾杯をする人だ。あの日以来、私に触れてくることはないけれど、乾杯がふたりの唯一のスキンシップになっているようだった(正確にはグラスだけど)。
でも、一番濃厚な3番目のシェリーを試していたころ、誠さんの手がすっと私の椅子の背もたれに回された。私のことは触らない。ただ背もたれに手をかけているだけ。それでも十分、さっきよりも存在を近くに感じる。そんなとき、バッグの中で携帯が震えた。着信画面をみると、健二さんからの一日遅れの折り返し電話だった。名前も表示されて、まるで同じ街からかけているよう。
誠さんがチラリとこちらを見た気がした。その気配を感じたら、携帯が一度震える間に判断がついた。電話をほったらかすのも、席をたって話す気もしなかったのだ。最後の夜に、1mmでも疑惑を残すのが嫌だったのかもしれない。
「もしもし」
「あの、私いまデート中なんです」
ただそれだけ言って携帯を切った。あてつけじゃなくて、事実だ。
誠さんは何ごともなかったようにバーボンを飲んでいる。手は、私の背もたれに回されたままだ。電話については、ふれない。
「もしも梨花さんにもう少し時間があったら、一緒にナイトサファリに行きたかったな。マングローブのジャングルにコウモリが放し飼いにされてて、僕、このコウモリのエリアがけっこう好きなんだ。コウモリがすぐ目の前にリアルにぶらさがってて、怖くて面白い」
この日は最後まで誠さんは核心に迫ることは言わず、ホテルまで送ってくれた。もしも部屋に立ち寄ろうとしたら、私は断らなかったと思う。
でも、ホテルの自動ドアの前で
「明日、11時半に迎えに行くね」
と言って帰っていった。
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