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—急で申し訳ないですが、相談に乗っていただきたいことがあります。近いうちに仕事の後、お時間いただけませんか?
葵は、初めて寛にフェイスブックでメッセージを送った。寛はすぐにスケジュールの都合をつけ、店も予約してくれた。
葵は六本木一丁目の会社から歩き、外苑東通りから狸穴町の坂を下った先の、住宅街にある『ヒヨク之トリ』に先に入った。
「実は私、田中愛子さんと面識があるんです。」
会って早々本題を切り出し、驚く寛はお構いなしに葵は全てを話し始めた。
愛子の夫である太一が自分と浮気していたこと、家に押しかけ愛子に会ったこと、太一から別れを切り出されたこと、全てを包み隠さず話した。
寛が驚いた後、哀しそうな顔になったのを見て、心配してくれる人がいたことに葵は少しの安らぎを感じた。が、寛の次の言葉でそれはすぐに崩れ去った。
「愛子…さんとご主人は、大丈夫なの?」
そう、寛は自分ではなく、愛子のことを思って胸を痛めているのだ。それを感じ、葵の心はさらにざわつく。太一といい寛といい、なぜ自分ではなく愛子なのか、葵の不満はさらに溜まる。
寛は葵の不倫を怒るでも呆れるでもなく、切々と説いた。「慰謝料を請求される可能性だってあるんだよ」や「まだ若いんだからもっと良い人がこの先きっと現れるから」とか「誰かの不幸の上に本当の幸福は成立しない」と。
—石黒さんらしい、まっすぐなご意見…。そんなこと全部わかってますからー
葵は自分から相談を持ちかけておきながら、心の中で軽く悪態をついた。寛は一通り、“世間の常識”的真っ当なことを言った後、太一と愛子夫婦について詳しく聞いてきた。
2人はこれからも結婚生活を続けていけるのか、太一はどんな男なのか、愛子の様子はどうなのか…。「そんなことまで知りませんよ」と葵が言いたくなる程、細かいことまで、だ。
葵から聞けることがなくなると、寛は黙り込み葵と一緒にいるのも忘れて、何かを考え始めたようだった。
「まさか石黒さん、まだ愛子さんのこと好きなわけじゃないですよね…?」
葵は頭に浮かんだことをストレートにぶつけた。
寛は葵の目を見たがすぐに逸らし、目線は宙を彷徨った後、再び葵と目を合わせた。
「そうだね。結婚して幸せになっているんだから自分が出てきちゃいけないと思ってた。でも彼女がそんな状況なんだったら、助けたいと思ったよ。」
寛は真剣な顔でゆっくりと話す。これを聞いた葵は、つい口元に出そうになる不敵な笑みを隠しながら言う。
「じゃあ、愛子さんを奪っちゃってくださいよ。このまま太一さんと一緒にいるより、石黒さんと一緒になった方が、愛子さんも幸せだと思いませんか?愛子さんだって、石黒さんに全く未練がないことも、ないと思います。」
目の上のたんこぶだった妻の存在がなくなれば、太一はきっと自分の方に来る。そう思って、葵は今にも溢れそうになる笑いをこらえるのに必死だった。
次回3月20日更新予定
第15話:ついに寛が語る、愛子とのこと。
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