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東京DINKS Vol.13

東京DINKS:「遅咲きの狂い咲き女」と夫の浮気相手を評する、妻のプライド



女には2種類いる。怒りや悩みをすぐにぶちまけて大騒ぎする女と、自分の中でこっそり囲い込み、それをゆっくり育ててしまう女だ。

愛子の場合は確実に後者だった。葵が自宅に来たことをすぐには太一に言わなかった。愛子は、ドロドロの感情をきちんと胸にしまい、静かに週末を待った。

その間、「自分はどうしたいか、太一にどうしてほしいのか」愛子は自問自答を繰り返したが、まだ答えは出ていない。そして着地点を見つけられないまま、その日を迎えた。

土曜日の午前中、愛子はパンを買いに『エムサイズ』へ向かった。

店に向かう途中で、思い立って碑文谷公園まで足を伸ばした。碑文谷公園までは歩いて10分もかからない。

高架下をくぐって公園に入ると、今日も弁天池の噴水は勢いよく出ていた。昨夜の雨のせいで、地面は水分をたっぷり含んでいる。一部の地面しか舗装されておらず、困ったことに雨の後はぬかるんでいる場所が多い。滑らないようゆっくりと歩き、振り返ってみると愛子のスニーカーの後がくっきりと残っていた。

碑文谷公園に近いことも、今のマンションの決め手の一つだった。引っ越して初めてここに来た時は、池の中央にある厳島神社へ行き、太一と並んで手を合わせた。「これからよろしくお願いします」のご挨拶だった。

「一度くらいは、乗った方がいいよね」と、ボートにだって乗ったことがある。太一は最初「乗らなくていいよ」と照れたように言っていたが、いざ乗ると張り切って漕ぎ出し、太鼓橋もくぐって弁天池を綺麗に一周した。

天気の良い週末には『小動物とのふれあいコーナー』のウサギや犬目的に通っていた時期もある。

だが、いつからか公園にくることはほとんどなくなった。公園だけじゃない。よく一緒に通った『リ・カーリカ』も『オリ−ヴァ』も碑文谷のフレンチも、最後に行った日をすぐには思い出せないほど、それは遠い記憶となっていた。

そんなことを考えながら、愛子は公園をぐるりと一周した後、再び高架下をくぐって、来た道を戻った。



買ってきたパンを太一と一緒に食べている時、愛子は静かに切り出した。

「この前、葵って子がウチに来た。」

愛子が太一を見ると、太一は目を大きく開き、パンを持つ手を顔の前で止めたまま固まっていた。

「離婚しろって言われた。」

この言葉を聞くと、太一はゴホゴホと大げさなぐらい咳き込んだ。

ステーキハウスでうっかり問い詰めた時は、何の動揺も見せず真摯な態度で否定していたあの男と、今目の前で顔を赤くして大げさにむせている男が同一人物だと、愛子には思えなかった。

咳が止まると、次は大げさな謝罪攻撃が始まった。まだ顔の赤みはわずかに残っている。

「愛子との離婚なんて考えられないよ。」そう言って太一は何度も謝る。

太一はもちろん、あの彼女もきっと本気な訳ではない。恋愛初期特有の、いやむしろ太一が既婚者だからこそ味わえる、背徳感やスリルが2人の気持ちを盛り上げていることはわかっている。ただ、太一を許せないのだ。

愛子からは堰を切ったようように、言葉が溢れていた。思う限りの暴言や文句や攻撃の言葉を投げつけた。愛子の胸の中で醸成した感情は思っていた以上に大きくなっていたようだ。

太一はただひたすら謝った。そんな太一を無視して、愛子は寝室にこもった。

愛子が寝室にこもって数時間後、ドアがノックされた。隙間から太一が顔をだし「ちょっと出かけてくる」とだけ言って、またドアは閉じられた。

数分後、玄関から出て行く音が聞こえた。

その夜、太一は帰ってこなかった。

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国内で360万世帯いるといわれる、意識的に子どもを作らない共働きの夫婦、DINKS(=Double Income No Kids)。東京のDINKSの生態を描いていきます。

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