1月28日(木) AM0:00
— もう勘弁してくれよ……—
六本木の広告代理店に勤務する飛沢恵介(34歳)は今、苦労して獲得した新規クライアントの役員との大事な会食の場で、宴もたけなわ状態に巻き込まれていた。
— あんまり飲まないって言ってたのに、ベロベロじゃないか……明日は勝負の日だってのに……—
「飛沢さんは、あれだよね、目黒の方住んでるんだよね?」
「はい、不動前駅の近くに住んでおりまして」
「不動前!昔あの辺に取引先があってね、エラい目にあった事あるんだよ」
本日2回目になる全く同じ話に絶望しながら、それでも目線を悟られないようにそれとなく時刻を確認する。日付が変わろうしているが、一向にお開きになる雰囲気ではない。
明日は、福岡に本社を構える大手電子機器クライアントに対し、来期の年間広告を提案する重要な商談が10時から控えている。
この案件が成約すれば、今期の予算達成もかなり現実的なものになってくる。足かけ1年、交渉を続けたその集大成が、朝のプレゼンで決まるのだ。
とはいえ、目の前のお客様も大切なクライアント。今後のお付き合いを考えると、失礼は万死に値する。仕事もようやく順調に回せるようになってきたのだ。この程度の状況にめげていられないと、気を引き締めなおす。
午前1時を回った頃。ようやくお見送りのお辞儀まで済ませた恵介は、お役御免とばかりに不動前の自宅にまっしぐらに戻り、次の戦いに備えてそそくさとベッドに潜り込んだ。
1月28日(木) AM5:03
ピピピ…ピピピ…ピピピピ……
……
…
眠気まなこで時計を確認する。4:30にアラームをセットしたはずが、5時を過ぎている。
ー しまったぁ、スヌーズ連打してしまった。。フライト予定時刻は6時40分だから……ヤバい。なんとしても1時間後には空港にたどり着かなければ —
素早く身支度を整え、今日のプレゼンのために年明けに新調したスーツに着替えた恵介は、山手通りでタクシーをつかまえ、羽田に急行した。
1月28日(木) AM6:00
6時ジャスト、羽田空港第2ターミナルの出発ロビー入口に到着。何度かタクシーで羽田に向かった中では、過去最速である。ついているのかいないのか、いづれにせよ思いのほか早く空港入りできたことに感謝する。
— さて、と —
頭の中を仕事モードに切り替えながら、恵介は部下との待ち合わせ場所へ歩みを進めた。
「おはようございます。飛沢さん。」
保安検査場A近くの時計台で、部下の佐藤理沙(28歳)が笑顔をむける。理沙は初めての大型案件での出張営業で、少し緊張の様子だ。実は1時まで飲んでたというのは理沙を不安がらせるだけだから内緒にしておこう。
「おはよう。それじゃ、行こうか。」
1月28日(木) AM6:25
搭乗案内を待つ間、ふと見慣れぬ黒い機体に目が留まる。
「今から乗る飛行機、あれでしょ?なんかやたらかっこよくない?」
「久々の福岡のクライアントですし、前からちょっと気になっていたスターフライヤーを予約してみたんです。CAさんもかわいいらしいですよ」
女性というのはどこでそんな情報を知り得ているのだろうか、とそのアンテナの張り方に感心していると、聞きなれぬ「SFJ 041便」の搭乗案内が始まった。
「じゃあ、後ほど。向こうでプレゼンの流れの最後の確認はしよう」
機体入口で、理沙に言葉をかけた後、機内に乗り込んだ恵介の目に飛び込んだものは、とにかく予想もしない光景だった。