婚外恋愛 Vol.1

婚外恋愛第1話:恵比寿の交差点にて

蒼太と出会ったのは、結婚する3年前の事。私が働く証券会社の大手町支店に新卒社員として蒼太は配属された。当時、新卒入社4年目だった私にとっては、彼の姿はとても幼稚に見えた。細身の身体に色白めの肌。顔の頬骨には薄いそばかすが星屑のようにあって、それが彼の印象を一層「こども」に見せていたのかもしれない。

決して器用とは言えないが、時間をかけてじっくりと実績を積み上げるような仕事振り。同じ支店に配属された自己顕示欲の強い彼の同期入社に比べればとても地味だから、上司からは「お前は控えめだからダメなんだ」と、理不尽に叱られる事もしばしばあった。

入社して2年目の春、蒼太は突然、外資の証券会社へ転職すると言って、会社に退職願いを申し出た。当時は北米の金融危機でマーケットが悪化している厳しい環境だったし、まだまだ新人扱いされていた彼がそのような大胆な決断をすることに支店中も驚いていたが、蒼太は敢えて挑戦する事を選んだ。

1年目の時の印象とは裏腹に、蒼太は私が想像しているよりもずっと強い「芯」を持っていた。

結婚式の朝、雨が止まないと言ってくよくよしていた私とは違って、蒼太はちっとも気にしていない様子だった。

この庭園で一緒にフラワーシャワーを浴びたいと言った私に、そうだね、そうしよう、と、蒼太も楽しみにしていたはずだったのに、チャペルの中で私を待つ彼の姿は、既に全ての事実をしっかりと受け入れているように凛としていた。


控えめに見えていつも自分を持っているそんな蒼太がとても好きだったし、尊敬していた。それは、結婚して5年経った今でも、だ。


結婚当時の事を思い出しながら、ここであの人を待つ事の意味をぼんやり考え始める。心の奥底に潜む小さなトゲが少しずつ顕在化していく。違う、これはそうゆう事じゃないからと、支離滅裂な自分への言い訳を唱えて目をきゅっと閉じる。意識を無理やり元に戻す。誕生会が始まる前の 10歳の少女がワクワクするような純粋な気持ちへと戻す。

地面に落ちて跳ね返る雨の様子をしばらく俯き気味に眺めていると、突如、お待たせーという軽快な声と共に、男性ものの革靴が視界に現れた。雨の中でも明るめの茶色が映える、綺麗に手入れされたクロケット & ジョーンズ。傘を打ちつける雨の音が大きくて、近付いてくる気配に気付けなかったようだ。慌てて顔を上げると、君はもしかして雨女かなー、と言って、悪戯っぽく微笑むあの人が立っていた。

「2回連続で大雨だね。君の傘の柄を覚えていたから、顔が隠れて見えなくてもすぐにわかってしまったよ。」

パシャを一瞥すると20時10分。

「もう!結城さんたら、10分も雨の中待たせておいてごめんねもないんですか?ひどーい!」

私は怒った素振りをするが、その瞬間から心臓が急速に高鳴り始める。雨の音よりもずっとずっと大きな音で。

「ごめん、ごめん。寒い中悪かったね。さ、行こうか。」

悪戯っぽい微笑みの奥に見せる優しい眼差しを流し気味に、前を振り向き歩き出す結城さんの後ろ姿を見つめた後、少し遅れて私も歩き出す。きっと今頃、あの庭園はレストランの窓から漏れる暖かい灯りに照らされているだろう。代官山を背にして恵比寿の街を歩き出す。永遠と刹那の背反性をどこかに感じながら。

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