池波正太郎、三島由紀夫、永井荷風が愛した3つの麺!

”文豪”といわれた人たちが発し、今日まで大切に受け継がれてた「言の葉」。そこには、彼らの日常生活が綴られていることもしばしば。
例えばそれは、大好きな食べ物への想いや、共に味わう仲間との思い出の一コマだったり...。

この記事では、池波正太郎、三島由紀夫、永井荷風が愛した『麺』をご紹介。皆さんもぜひ訪れて、文豪たちの舌に共感し、情緒を味わえる名店でタイムスリップしてみてはいかが?

池波正太郎が愛した麺 『ビーフン東』の五目焼きビーフン

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「池波正太郎の銀座日記」より

”友人ふたりと、同じビル内の台湾料理[東]へ立ち寄り、ビーフンと粽でビールを飲む。
暑い夏にはさっぱりと炒めたビーフンはとてもよい”

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日本ヘラルド映画の試写室の向かい側で、ビーフン東はこの60年以上変わらない。
昭和天皇の園遊会でも食された、パーツァン(中華風ちまき)も有名だが、池波正太郎が愛した五目焼きビーフン(¥850)が白眉。

この逸品は池波正太郎をはじめ、王貞治氏や江夏豊氏など元・プロ野球選手から、皇族、銀行頭取、大臣クラスの政治家、官僚などから幅広く愛されてきた料理。一人前、小盛・大盛から選べる。

彼はビーフンをつまみに、ビールを飲むのがことさら好みだったそう。昼からビーフンにビールとは、数え役満状態の最上級ハピネスである。
「焼き」か「汁」で選べるビーフンをビールで流し込めば、気分はすっかり文豪モードだ。

三島由紀夫が愛した麺 『どん底』のナポリタン

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三島由紀夫がお店へ贈ったメッセージより

”酒場「どん底」では、どん底歌集というものを売っていて、ある歌を一人が歌いだすと、期せずして若人の大合唱となる。
喚声と音楽が一しょになって、なまなましいエネルギーが、一種のハーモニィを作り上げる。

何ともいえぬハリ切った健康な享楽場である。

戦後の現象で銀座の高級バアーでコソコソ個人的享楽にふけっている連中にくらべると。
焼鳥キャバレーやどん底酒場のほうが、よほど世界的水準に近づいているように、私には思われるのであった”
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いつもどこか特殊な雰囲気を漂わせている街、新宿三丁目。界隈には今も末広亭が鎮座し、様変わりしていく辺りの喧噪を宥める。
そんな新宿三丁目のど真ん中に『どん底』はある。

三島由紀夫や金子光晴、黒澤明監督、美輪明宏などの名だたる名士を筆頭に愛されたこの店。そのはじまりは、1951年に遡る。

オーナーの矢野智氏は舞台芸術学院の一期生だったが、ゴーリキーの『どん底』の舞台で群衆の一人の役で出演していた。
貧しかった彼は生活費を稼ぐため、戦後バラックの立ち並ぶはずれで手作りで店を建築。店の名前は、最低から始まるのは出発には良い名前だ、と出演していた舞台『どん底』の名前を借りた。

すると焼酎をレモン汁と炭酸で割った"ドンカク"が評判になり一躍人気店に。ドンカクは、実はいかにして安く美味く早く酔えるかという一心で開発されたもの。ドンカクを高々と掲げながら歌声を上げる面々。

そんなドンカクのあとを〆るのが、ナポリタン(¥850)。ピーマン、玉ねぎ、マッシュルーム、ソーセージをスパゲッティと一緒にケチャップでまとめ、隠し味のアサリが全体の味を引き立てる。三島由紀夫が“世界的基準”と呼んだ『どん底』の喧騒とナポリタン。ドンカクもぜひ一緒に。

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