「2軒目近くに良いバーがあるんだけど」
そう切り出す浩平の誘いに思考を停止させ、笑顔でうなづいた。
ー男性がお会計払うと、こういう気を遣うから面倒なんだよなぁー
心の中で毒づきながらも、浩平がどんなバーを提案するのか少しだけ楽しみな自分に結衣は驚く。浩平と一緒にいるときの結衣は、素の自分に近い。『sudachi』のお料理の功績か、浩平の善良さがそうさせるのかわからないが。
2軒目は、歩いて数十歩程度のところにあるバーだった。看板も出ていない。
浩平は迷いなく雑居ビルのエレベーターに乗る。
蛍光灯で煌煌と明るいエレベーターは、ファンデーションで隠したはずの粗が露呈してしまうようで気が気ではない。毛穴が目立ってないか、法令線は浮き出てないか、日頃の肌への手入れを抜き打ちチェックされているようでひやひやする。(エレベーターに乗る時、女性がうつむくのはチェックの目を逃れたいからだ。)
気弱な心を知る由もないが、浩平は結衣に背中を向けまっすぐに前をみている。
ー浩平くん、意外と背高いんだなー
◼︎
『Bar Rage』は、雑居ビルの3階にあった。店内は薄暗く、間接照明がほのかに光り、スタイリッシュな空間を創り出していた。
「奥空いてますか?」
浩平の言葉に、店員が案内した先には、広々とした個室があった。個室というよりは、まるでロッジのような空間。バー特有のギラギラした下心は感じられず、健全な暖かさを感じる空間に、少し身構えた自分を恥じる結衣。皮のソファーは使い込まれ柔らかく、天井には、ドンペリのボトルをアレンジしたライトが幻想的な緑の光を醸し出していた。
「素敵なバーだね。」
そう言うと、浩平は嬉しそうに打ち明けた。
「実は、結衣ちゃんを2軒目にお誘いするバーを探して、男友達といくつかバーをハシゴしたんだ」
「バーをハシゴって、浩平くんそんなにお酒強かったっけ?」
「いや、最後の方はぐでんぐでん。友達にもよくやるなーって呆れられたよ。」
記憶の中の浩平は、お酒が強い印象はない。それでも結衣を喜ばせるために研究してくれた浩平の健気さを思い、結衣の心がぐっと動いた。
そのときふいに個室のドアが開き一人の男が入ってきた。
「結衣ちゃん?」
そこにいた男は、そこにいるはずがない、いや、そこにいてはいけないはずの男だった。
■レストランで恋のシーソゲーム(MAN)第3話:『Bar Rage』あまおうのミクソロジーカクテル
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