—またドタキャンかよー
『東京土山人』での結衣との初デートの後、22時頃だったからもう一軒誘ったけど、あっさりと「帰るね」と言われてしまった。僕は平静を装ったが、内心穏やかではなかった。
—昨日はご馳走さまでした。お蕎麦で温かくなれましたね。また機会があればお願いします!—
翌日にはとても無難なメッセージが来ていた。スタンプの一つもない。
鈍感な僕だって、これは脈がなさそうだということはわかる。正直、あの1時間半ほどの間で盛り上がった会話と言えばレストランに関する話くらいだった。僕は食べるのが好きで、それなりにレストランを知っている方だと思っていたけど、結衣の知識量には敵わなかった。高級フレンチや高級割烹。若い女性が自腹で行ける店ではない。そこに男の影を感じずにはいられなかった。
負担にならないように、あまりガツガツしていると思われないようにと、彼女にとって仕事帰りに気軽に立ち寄れるであろう恵比寿の店に誘ってみた。
『うしごろバンビーナ』に誘ったときは当日にドタキャンされた。仕事が終わらなくてと。実際、そういう日もあるだろう。それは仕方ない。今回はより女性が好みそうな『ビストロ間』に誘ってみたけど、前日の今日になって、明日は仕事が片付かなそうだからと断られた。広報ってそんなに忙しい仕事なのだろうか。2回連続のドタキャンはさすがに堪えた。
◆
数日おいて、懲りずに3回目。今回ドタキャンされたらさすがにもう誘うのは辞めよう。
—仕事、大変そうだね。良かったら来週金曜日に西麻布のこの店に行かない?『ラボンバンス』発の新店なんだー
『ラボンバンス』自体、デートでも人気の店だ。会社の同僚の雄太も勝負デートで使ったことがあると聞く。謎解きの創作和食が、カップルを楽しませるらしい。新店の『すだち』は2014年11月にオープンしたばかり。レストランに詳しい結衣でも、さすがにまだ行ったことはないだろう。
春の訪れを予感させる陽気の3月の初旬、ようやくドタキャンされずに結衣と会うことができた。ただし、待ち合わせの20時に1時間近く遅れて。
「遅くなってごめんなさい!仕事が終わらなくて。」
たぶん、この子は時間通りにデートに来るという感覚がないのだろう。だが、仕事が終わらないというのはもっともらしくもある話だ。無理にでも笑顔を作って僕は首を横に振った。
南青山7丁目のグルメストリート沿いのビルの地下にあるこの店は、『ラボンバンス』同様、料理人の調理が目の前で繰り広げられるカウンターが醍醐味といえる。この日はカウンターを取った。
スターターのジャガイモとポタージュのスープから、結衣は満面の笑みで「美味しい」を連発。幸先良いスタートだ。
その後も鮨やメインの肉や魚など、和をベースとしながらもフレンチの要素もほのかに感じられるプレゼンテーションに僕らは魅せられていく。
「私、『ラボンバンス』すごく好きで、2回行ったことあるんです。美味しすぎてお店の人にお手紙を出しちゃったくらい笑。ここもすっごく美味しくて、知れて良かった。なんで『すだち』っていう名前のお店なんですか?」
「友達と素の状態でリラックスできるような店にしたかったんです」
『すだち』の店主はそう答えた。たしかに結衣は前より寛いでいて饒舌だ『すだち』にはその絶妙な料理と雰囲気で、相手の鎧を解く力があるのだろうか。素に近づいた結衣は、おしとやかというよりは毒舌だった。
「浩平さんって、実は情報感度高いんですね笑。また新しいお店、教えてください!」
僕は心の中で小さくガッツポーズをした。結衣は知っている店ではなく、未だ知らない良い店を知るとテンションがあがるようだ。
会計はコースが12,000円に2杯ずつ飲んで3万円ちょっと。多少値は張ったが、これだけ喜ばれると特に高いとは感じない。
前回は二軒目の誘いをあっさり断られ、結構へこんだ。さて。金曜日の今夜はどうだろう?
■レストランで恋のシーソーゲーム(WOMAN)第2話:セカンドデート 興味ない男のオファーを女が受ける理由
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