レストランで恋のシーソーゲーム(WOMAN) Vol.1

ファーストデート。男性のデューデリジェンスは慎重に。


— やっぱり断ればよかった —

8月の日曜日。男友達が恵比寿のビルの屋上でBBQを開催するというので来てみたものの、あまりの暑さにすでに結衣は後悔し始めていた。真夏の太陽は攻撃の手を緩めることなく、SPF50の日焼け止めで迎え撃つも、その防壁を紫外線が突破してくるのは時間の問題だった。

コンロの前で、男性がトングで肉をひっくり返しては、周りの女性達のお皿に取り分けている。その男性の顔は整っていてトウモロコシのようにこんがり焼けた肌に汗が滴っている。

誰かが紹介してくれたその男の名前は浩平。インターネット企業のプロデューサーをしているという。二言三言会話をしたが、「よく気がつく今風のかっこいい人」それ以上に、正直印象はなかった。

浩平から再び連絡が来たのは翌日のこと。Facebookへ友達申請とともにストレートに食事の誘いが来た。

—覚えているかな?昨日BBQでご一緒した浩平です。一度食事でもしませんか?—

浩平が提案したのは、水曜の20時、中目黒『土山人』。

本気とも、遊びともとれない絶妙なラインの店と曜日のチョイスに結衣は一瞬だけ戸惑ったが、とりあえずお誘いを受けてみることにした。このお店は、過去デートで4回ほど来たことがある好きな店だった。

—蕎麦屋で長居は野暮だし、つまらなかったらさくっと帰ろう—

『土山人』は、目黒川の上流(下流は焼鶏あきらやしみず等が連なる)にある蕎麦屋だ。目黒川沿いは、四季折々で絶えず人が集まる人気のデートスポットだが、上流のこのあたりまで行くと人もまばらで、空気も心なしか透き通って川の水音まで聞こえて来るようだ。

目黒川にかかる赤い橋の近くにひっそりと佇む『土山人』は、まるで浮世から離れ一人静かに目を瞑るような、静寂の似合う店だった。陶芸家の土山人の陶号を譲り受け、店名に冠したのだと聞いた事があるが、それも納得。結衣は最初連れて行ってもらったとき、蕎麦は勿論だが器の設えのセンスに感動したものだ。

店内カウンター席を過ぎ奥に進むと、小さな中庭を臨むようにテーブル席があり、そこに浩平が座っていた。

浩平は相変わらず整った顔をしていた。

お酒の品揃えやつまみ系の料理が多いが、浩平はあまりお酒を飲まないとのことで、ウーロン茶と、天ぷら盛り合わせ、たまごやきと、名物の冷やしすだちそばを注文した。薄くスライスされたかぼすの深い緑が目に鮮やかなこの店の看板メニューだ。

当たり障りのない話をしながら、結衣は慎重に彼の背景に潜む数値を換算していく。

新卒で某インターネット企業に入社。プロデューサーとして新規サービス立ち上げをしており10人ほどのメンバーがいる。恵比寿駅徒歩3分のマンションに住んでる。(築5年、大手デベロッパーが手がけた人気シリーズ)最近ヒットだったレストランは、白金の『ロマンティコ』

—新卒でネット企業プロデューサー職10年目かぁ。私に毛が生えたくらいのお給料ってとこかな—

特にめぼしい条件は見当たらず、今夜の舞台が蕎麦屋であることに安堵した。さりげなく時計を見るとまだ22時前。22時を越えたら帰ることを切り出そう。

そう決めたとき、浩平が質問してきた。

「結衣ちゃんってどういう男性が好きなの?」

結衣の恋人を選ぶ条件は明快だった。教養と経済力。

しかし、興味がない相手だとしても、完全に「圏外」にしないこと。結衣の悪い癖だ。
たとえ1本の電波であっても、あるだけで男性の恋愛の希望の光は閉ざされない。

同じ大学出身である浩平を考慮して「学歴」の項目も入れて彼に伝えると、難しい表情をして何か考えていた。

—ま、浩平くんは、限りなく圏外に近いけどね。—

時計を見ると22時を過ぎていた。浩平が、二軒目の誘いをかけてきたが、ごめんなさいと断った。

とはいえ、30歳までに結婚と考えその中で最良のカードを切るためにできる限りの候補を揃えておくのが賢明だ。2軒目を断ったことで消えかけている浩平の恋の小さな炎を、絶やさぬよう結衣は一言付け加えた。

「次は浩平くんオススメのレストランに行ってみたいな。」

興味がない相手だとしても、完全に「圏外」にしないこと。結衣の悪い癖だ。

■レストランで恋のシーソゲーム(MAN)第1話:『東京土山人』で打つジャブ


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