「自分や、自分の大切な人が誰かに酷い目にあわされたから、やり返したい。その気持ちはもちろんよくわかるよ。でも、復讐したからって過去から解き放たれるとは限らないよね。むしろ、その苦しかった過去に、より深く縛りつけられちゃう可能性だってあるし、本人の傷が増えると思う。そもそもその復讐が成功する保証だってない」
「…つまり、大輝は復讐には反対ってこと?」
「俺っていうか、ドラマの登場人物の男性がね」と大輝は笑った。
「15歳も年上の男性なら、女子高生よりも人生経験がある。誰かを傷つければ、それがたとえ憎い相手だったとしても、自分の中に薄暗いものを残すことになる、ということを知っているはずだから。
開けてはいけない扉を開いて、自分の凶暴性とか闇を知ることになるかもしれない。それでも目には目を、って方法を選ぶ覚悟はあるのか?って問いかけるようなセリフにしたいんだけど…なかなか…これだ!っていう言葉が見つからなくて。
綺麗ごとだって分かってるけど、憎しみに憎しみをぶつける方法じゃ、世の中はいつまでたっても救われないってメッセージも込めたくてさ」
大輝は、あ~そろそろともみから離れないと、本格的に書けなくなりそう、とふざけた声を出して、書斎にこもるね、と立ち上がった。
「…大輝は…ないの?」
「何が?」
「復讐したいと思ったこと」
「…ともみ?」
その顔が曇り、ともみはハッと慌てた。心配させて大輝の“人生の正念場”の邪魔をするわけにはいかない。すぐに表情を切り替え、頑張って仕上げてね、と笑ってその背中を見送った。
◆
「ミチさんと初デート、超、あがる~♡」
「デートじゃねぇし、なんだよ、その、ミチさん、っていうの」
気持ちわりぃ、と振りほどこうとするミチの腕を、ルビーは自分の豊かな胸を押し付けながらがっちりと離さず、2人は恵比寿ガーデンプレイスから広尾方面へと歩く。
「だって、“ミチ兄”のままじゃ、いつまでもアタシを女として見てくれないでしょ?」
「…お前、まだそんなこと言ってんのか?」
呆れた顔で見下ろされても、ルビーは全くめげない。なぜなら。ミチが本気になれば、簡単に振り払われてしまうはずなのに、そうされてはいないだけで幸せだし、それがたとえ“妹への優しさ”だったとしても、とことん利用させてもらうつもりだ。
「まさか、料理を教えて欲しいって言うのもウソか?」
今日Sneetは定休日。昨夜遅くに店に立ち寄った光江の、「ブータン風のカレーが食べたくなってきた」という突然の指令を受けたミチは朝から買い出しに出た。スパイスを求めて新大久保、新宿の専門店を巡った後、恵比寿のガーデンプレイスのライフと明治屋へ――そんなミチのいつものルートに、ルビーが強引についてきたのだ。
「ウソじゃないよ。ともみさんはミチさんのカレーが大好物だし、TOUGH COOKIESでも少し軽食を出したいねって話してるから」
ともみさん、料理あんまり得意じゃないし、覚えるなら私でしょ?とウィンクで見上げたルビーは、Sneetに戻る前に、一杯飲んで帰ろうよ~と何度も騒いだ。根負けしたミチがタクシーを捕まえると、2人で外苑西通り、広尾と西麻布の中間ほどにあるビストロへと向かった。
平日の15時半。店員の方が多いのでは?という客足もまばらな店内に、目の下に傷のある長身、長髪の男と、褐色肌のダイナマイトボディの女…という2人組は異質だったのだろう。怯えたように注文を取りに来たアルバイトスタッフを安心させるように、ルビーは優しく丁寧な口調でシャンパンを2杯注文した。
「今度はちゃんと、デートしてくれる?」
無愛想ながらも乾杯に応じたミチに、ルビーが上目遣いでねだると、「だからデートじゃないって言ってるだろ」とミチがため息をついた。
「アタシ、ミチさんと行きたい場所があるんだ」
「…その呼び方、続ける気か?」
「ね、どこだと思う?」
「クイズとか、めんどくさいのはやめてくれ」
困らせるの、楽し~♡とケタケタと笑ったルビーに、ミチがさらに深いため息をつく。
「ね、一緒に行きたい場所、分かった?」
「…しつこいな。分かるわけないだろ」
「え~冷た~い。じゃ、ヒントをあげちゃいま~す♡」
いらねえよ、と目を逸らしたミチを気にせず、ルビーはニコニコと続けた。
「アタシが、この世界で一番憎んでる人のとこ」
「…は?」
ミチの視線が戻る。
「あの人の人生、もうすぐ終わるんだって。あ、病気でね」
「……」
「…もしかして知ってた?」
ミチの表情は変化に乏しく、感情が読めないと皆が言う。けれどルビーは、こんなにウソが下手な人はいないと思っている。
「まあ、今更どうでもいいんだけどさ。ミチさんが一緒にいてくれたら…寂しくないっていうか、今度こそちゃんと――あの人にバイバイできるかなって」
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