港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「婚約者を奪った女に仕返しがしたい…」彼女が選んだ“最大級の復讐”とは
Customer8:清川紗和子(50歳)老舗ギャラリー・更紗(さらさ)の元オーナー
復讐劇のシナリオは壮大かつ冷徹で恐ろしい。確かに紗和子は裏切られたし、報復も当然の権利かもしれない。けれど観客として、紗和子の計画を聞き終えてみれば、計画が成功してもしなくても、氷の地獄に落ちるのは…。
― 紗和子さんの方じゃないのだろうか。
そう思いながら、ともみは言葉を選んだ。
「むなしくは――ならないでしょうか?」
成功すれば恨まれ、しなければきっと、恨みが加速する。殴られたからといって左のほおを差し出す心根はともみにもないけれど、復讐が生み出すものが幸せではないことくらいわかっているつもりだ。
「むなしさ?そんなものは覚悟の上です」
紗和子はあっさりと即答した。既にまたグラスは空になっていたけれど、ともみは次の一杯を勧めることはやめ、聞いた。
「じゃあなぜ、今日ここに?」
計画は既に完璧に練られている上、紗和子は話を始める前に、道徳的に悟されることへの拒否感を示しているのだから、意見を求めてきたわけではないということになる。
「秘密が守れる場所で話して、少しでも楽になりたかったとか?」
ルビーが重ねた。
「楽になりたいなら、復讐なんて考えませんよ」
と、紗和子はルビーを、そしてともみを見て続けた。
「私は自分の復讐を正当化するつもりはない。ただ…実行に移す前に、知っていて欲しくて。なぜ私がこの方法を選んだかを」
「誰に、ですか?」
答えず、空になったグラスを鳴らし、氷を弄ぶ紗和子にともみは確信した。
「光江さんに、ですね」
TOUGH COOKIESで話されたこと、その守秘義務契約の範囲はオーナーまで及ぶことは最初に交わした契約書にも書いてある。つまりここで話したことは光江にも伝わる。もしも客との間にトラブルが起きた時、最終責任は自分がとると光江が配慮したものだ。
「光江さんのことを、ババアと呼んで許される人を、私は他に知りません。それに、紗和子さんの美学や所作を知ると、ババアという言葉は酷く不釣り合いです。お2人の間には過去に何か――特別なことがあったのではないですか?」
ただそうなれば、光江が、紗和子とは親しい間柄ではないと言っていたことが解せないし、なぜ光江に直接話さず、わざわざここで?と、疑問が並んで浮かんだとき、紗和子が、フッと笑った。
それは今日初めて、紗和子が仮面のようなものを外したようにも見え、ともみは不意をつかれたような気持ちになった。
「光江さんが、あなたを選んだ理由が、なんとなくわかりましたよ」
え…?と問う間もなく、紗和子は「お会計を」と続け、立ち上がった時にはもうその笑顔は消えていた。
「あのババアに、伝えてもらえますか?やはり私はあなたにはなれなかった。いや…ならなかった、ですね。でも後悔しない。誇りを失うくらいなら孤独を選ぶ。そしてその選択が間違っていなかったことを、これからの人生で証明してみせますから。これが私の選択であり私の生き方だ、とね」
私の選択であり私の生き方――ともみに思わぬ不快感がこみ上げた。





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