◆これまでのあらすじ
大好きな豪の自慢の彼女でいるため、20時以降は何も食べないダイエットをしていたのに振られてしまった市子。人には言えない失恋の傷が癒えず、新たな恋に踏み出せないでいる双葉。
そんな双葉の想い人だった六郎と結婚したものの、主婦として閉塞的な日々を過ごす早紀。そして、豪への恋心を抱き始めたお嬢様、栞──。それぞれの想いが交錯するなか、次なる深夜の美食は…。
▶前回:23年間彼氏ナシの総合商社勤務の女。社内の忘年会を抜け出して、男の先輩と初めて向かった先は
Vol.6 <双葉:神泉のてんぷら>
渋谷は、あんまり好きじゃない。その理由は、大きく3つある。
まず、明るすぎること。
今は20時だというのに、私が住んでいる高樹町あたりの昼よりもずっと明るいんじゃないかと思う。
駅の近くのどこに立っていても、店の灯りやデジタルサイネージ、大型ビジョン広告は容赦なく私を照らす。
それはなんだか正しい夜の姿ではないような気がして、なんとも言えない居心地の悪さをつきつけられるから。
それから、人が多すぎること。
目の前のスクランブル交差点の人混みは、主役だけがいない奇妙なライブ会場みたいだ。
だれもかれも無関心な表情で押し合いへし合いをしているか、酔いに任せて馬鹿騒ぎをしているか、もしくは、おかしな動画配信などに夢中になっている。
だけどそんな人々も少し俯瞰して見るだけで、ひとつの大きなうねりの塊になり、少しでも気を抜けば押し流されそうな不安を感じさせるのだ。
そして最後に…。
──と、3つ目の理由を心の中であげようとした、その時だった。
TSUTAYAの大型ビジョンにも負けないほどの明るい声が、向こうのほうから聞こえてくる。
「双葉さーん!ごめんなさい、待ったですね!」
私は文庫本に目を落としていた視線をゆっくりと上げ、この人混みの中で5分も待たせた張本人に向かって言った。
「もう〜。遅いよ、ハリー!」







この記事へのコメント
第一、この男は家庭を顧みない最低夫なんだから。