「尊敬する門倉監督にそう言っていただける日が来るなんて…今、本当に報われた気持ちになりました。監督から学ばせて頂きたいことが沢山あるので、是非、作品でご一緒できたら、とても嬉しいです」
崇は戸惑った。真っすぐで淀みのない言葉を投げられ、少年のように屈託のない笑みを向けられているはずなのに。
— なんだ、コイツ。
全身をゾクッとしたものが走り抜け、崇は、それが恐怖に近い感覚であることに驚いた。
— なぜ、凄みを感じる…?
それは、これまでの仕事で、国の要人や犯罪者まで…ありとあらゆる人に対峙し取材をしてきた中でも体験したことのない感覚で。崇は…この美しい男が、ただのハイスペックなお坊ちゃまではないことを本能的に悟り――面白い、とさえ思ってしまったのだ。
― 我ながら、悪趣味だな。
改めてそう思ったとき、またメールが着信した。
「門倉夫婦が描く、純愛かつ大人のラブストーリーだなんて、それだけで配信元もスポンサーも大喜びです。ありがとうございます!!」
業界きってのパワーカップルだと言われる崇とキョウコの夫婦関係が、既に破綻寸前だとは思ってもいないプロデューサーの宮本の無邪気な興奮が、無機質なはずの文面からもあふれ出している。
― 本当のことを知らせた方が…スキャンダラスで話題になりそうだけどな。
思わず自虐的な笑みを浮かべてしまった。なぜ、自分は…妻とその愛人とも言うべき男が書くラブストーリーを撮ることに挑もうとするのだろう。その理由を、崇はうまく言語化できないままだ。
妻が恋した男がいると知った時、まず胸が焦げた。そしてそれが才能のある脚本家だと知った時、こみ上げたのは興味。さらに、その男の底知れなさを知ると、その男が書きあげる物語はきっと面白いものになるだろうと確信した。
崇にとって今も唯一無二に愛する妻と、その妻が恋した男が、ラブレターのように言葉を交換して出来上がるのであろう脚本を、今にも捨てられそうな夫である自分が映像化するなんて。嫉妬に身を焼かれることになるのだろうと予測しながらも、その苦しみの中だからこそ生まれる新しい表現への興味と、他人にこの作品を撮られたくないという欲の方が強かった。
崇は小さく溜息をつくと携帯のメール画面を閉じ、綺麗に食べ終えた焼き魚定食のトレーを片付けると、撮影所の食堂を出た。
衣装合わせの時間まで、あと20分あることを確認して喫煙所に向かう。キョウコと出会って以来、彼女が苦手だというのできっぱりとやめていたタバコを、キョウコに好きな人ができたと切り出されたときに、なぜか再開してしまった。
― 我ながら、矛盾の極み、だな。
自分の不倫騒動から始まった別居。一夜の過ちの相手…長坂美里への償いの気持ちはあっても、愛したことは一度もない。だからこそキョウコに許しを乞い続け、共に暮らす日々が戻ることを何より願っているくせに、彼女が嫌がるものを始めてしまうなんて。
◆
「あ、監督、お疲れさまです!」
先にいた2人の女性の挨拶に迎えられながら、ガラスで区切られた喫煙室に入る。2人とも今回、崇が撮る時代劇の美術スタッフだが、過去に何度も仕事を共にしている顔なじみで、親しい間柄と呼べるだろう。
喫煙室には3人だけだった。彼女たちと少しだけ距離をとり、崇がタバコに火をつけると「そうだ、監督ってこの手の話に詳しいんじゃない?」と、確か少しだけ先輩だったはずの女性が切りだした。
「何の話?」
崇が聞くと、顔を曇らせながら、先輩は続けた。
「監督って以前、ストーカーをテーマにした映画を撮られていましたよね?実は今、この子の彼氏が、ヤバい感じで」
この子と指された後輩の女性は、「そんな話を監督にするのは申し訳ないです…」と、困り顔になったけれど、崇が大丈夫だと促すと、ポツリポツリと話し始めた。







この記事へのコメント
来週は更新お休みなのかぁ残念
キョウコさんに全てを打ち明けてほしい