港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「このまま彼と結婚しても、幸せにはなれない」30歳女が下した苦渋の決断とは
兵頭美景(30歳)がBAR・TOUGH COOKIESを訪れていた頃のBAR・Sneetで
「ということで、ここにもめちゃくちゃ通わせてもらうから!」
そう言って、柏崎メグ——5年ぶりに突然現れた、店長ミチの元恋人は、「ジントニックはミチのオゴリね」と立ち上がった。
「またすぐ来るね♡」と去っていくその後ろ姿を見送っていたミチの視界に、入口のドアの向こうから、薄暗い灯の中でも目を奪う長身——大輝が現れた。大輝は、外に出ようとするメグに微笑んで、扉を支えて送り出してからミチの方へ歩きだした。
「今の人…どこかで見たことある気がするけど。ミチさんのお知り合いですか?」
ミチの表情に浮かんだ“なぜ?”という疑問に意味深な笑みを向けながら、大輝はカウンターの席に腰かけ、「ラムソーダを。ラムはお任せで」と注文を済ませてから続けた。
「ミチさんが誰かをあんな風に見送ってるのって、珍しいなって」
「どんな風だよ」
「そう聞かれるとうまく説明できないですね。でもなんとなく…彼女ってミチさんにとって、他の人とは違うのかなって」
― ウソだろ。
感情を見せないことには自信があるし、ただ他の客と同じように見送ったつもりだったのに。ミチは内心慌てながら、ラムソーダのための氷を砕き始めた。携帯に目を落とした大輝も、それ以上は尋ねるつもりはなさそうだった。
大輝の好みの銘柄はいくつかある。その中から今夜ミチは、アプルトンエステートの12年を選ぶことにした。270年以上の歴史を持つ、ジャマイカ最古のラム蒸留所が作る“本物のジャマイカンラム”だ。
しっかりと樽熟成された、焦がした蜜のような色にとろけたラムを、氷を沈めたロンググラスに注ぐ。ソーダを足していくと、甘い煙のような香りがいつもより濃く立ち上った。
― 桜散らし、だからか。
先程から降り出した雨——桜の時期に降る強い雨風を“花散らし”と呼ぶことを、ミチに教えてくれたのはメグだった。
湿度や気温は酒の香りを変化させる。ミチはその、“今の香り”に合わせるスパイスを、シナモンか、ローズマリーかで迷って、結局、ローズマリーを軽く炙ってグラスに添えて出した。
「ともみちゃんも、たぶん、もうすぐ来ると思います」
そう言ってグラスに手を伸ばした大輝は、まずは香りを楽しむ仕草で一瞬目を伏せてから、そっとグラスに口を付けた。
大輝が人目を惹きつけてやまない理由は、その飛びぬけて美しい外見のせいだけではなく、ただ酒を飲むという何気ない所作や仕草でさえ優雅だからだとミチはいつも感心しているのだが…今日はさらに、その優雅さに気怠さがまとわりついているようで——とんでもなく色気が増してしまっている。
二口ほど味わったあと、ふぅっと小さく息を吐き出した大輝が、「今日も好きです」と流し目の笑顔をミチに向けた。それが、ラムソーダへの褒め言葉だとわかっていても、免疫がなければ男女問わずに胸を撃ち抜かれる破壊力だ、と、ミチはともみにある種の同情を覚えた。
― このままだと…ともみがまたやられるな。
この記事へのコメント
ミチと大輝のやり取り、面白過ぎる! ホテルに泊まれよ俺が出すから→お金はあるけど払うのはもったいないからイヤ とかメグとのやり取りなんだかかわいい。
東カレさん、本気出してNetflixにドラマ化打診してほしいです