港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「彼氏に秘密があるから、結婚できない」念願のプロポーズをされた30歳女が、躊躇するワケ
Customer5:優しい恋人からのプロポーズを受けられない秘密がある兵藤美景・30歳
「敵の攻略方法とプロポーズへの対応については、私から提案があるんですけど…聞いて頂けますか?」
元愛人から脅されTOUGH COOKIESを訪れた美景に、ともみはそう提案した。聞く聞く~!聞いちゃいま―すっ!とテンション高く答えたルビーが、「あ、でも、その話の前にさ」と美景を見た。
「美景さんさっき、“自分がプロポーズした女社長が、実は元キャバクラ嬢で…”とか言ってたよね?それってつまり、一真さんが、美景さんが元キャバ嬢だったってことを、知らないと思ってるってこと?」
「6年前——会社を立ち上げた頃に、商品を取り上げてくれたメディアには、私の経歴についても書かれたりしてたけど、一真と出会ったのは2年前で、その頃には起業前の経歴を書かれることはなくなってたから。
一真が昔の記事を見たことがあれば知ってるかもしれない。でも…自分から話したことは、たぶん…ない。隠してたつもりはなかったけど…」
美景の語尾が言い訳のように弱々しくなったのは、先程からのともみの指摘——『“女が女を使って金を稼ぐ”ことが、汚いことだと、美景さんは潜在意識で思っている』ということに対して、後ろめたいからだろう。
ルビーはそんな美景を気にする様子もなく、でもさ、と続けた。
「一真さん、もう知ってるよ?」
「……知ってるって何を?」
「美景さんがキャバクラで働いてたこと。私が最初に一真さんに紹介してもらったことあったじゃないですか?2人が付き合い始めたばっかりの頃」
「あった、けど…」
「その時にね、美景さんが仕事の電話がかかってきて、レストランの外に出たことがあったじゃん?」
「あった、っけ…?」
記憶を手繰り寄せようとする美景を、あったんだよぉ~とルビーが笑う。
「で、美景さんが戻ってくるまでの間にね。2人で美景さんのどんなところが好きかって話になったの。一真さんは、かっこいいところ、って言うから、アタシ嬉しくなっちゃって。美景さんが、客を絞めた動画を見せたんだよね」
は?と美景の顔が固まったのに、だってあれこそ、めちゃくちゃかっこいいじゃん!とルビーは全く悪びれず、むしろ誇らしげだ。その2人の対比に、ともみは笑いだしそうになるのを我慢していた。
「そしたら、かっこいいですね~ってほれぼれしてたよ、動画の中の美景さんに。2人でめちゃくちゃ盛り上がったもん。一真さん、あの動画ははじめて見たみたいだったけど、美景さんがキャバクラで働いてることには驚いてなかったから、あの時には既に、美景さんの記事とか読んで知ってたんじゃないかなぁ」
呆然としたままの美景に、ともみが言った。
「今は、検索すればなんでもあぶり出されちゃいますから、隠し通せる過去なんてないんですよ。——ってことで改めて、私の提案を聞いてもらえますか?」
◆
美景がともみの提案を聞き始めた、ちょうどその頃…BAR・Sneetには思わぬ客が訪れていた。
「ミチ~!!会いたかったぁ~!!」
店内に入るや否や、カウンター内に走り込み、店長のミチに飛びついた女性に、店中の視線が集まった。
感情が顔に出ないことで有名なミチにしては珍しく、誰もがわかる驚きの表情、まるで幽霊でもみたかのような顔で、自分の体にぶら下がるようにしがみつく女性の背を支えながら、その名を呼んだ。
「…メグ?」
「そう、ミチの愛するメグだよ~。うわぁ、ミチ、また体大きくなった?」
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