びっくりして横を見ると、黒髪のベリーショートがよく似合う、スレンダーな女性がほほえんでいる。
おそらく、50歳にいっていないくらい。丁寧な所作と、服装やアクセサリーがとても素敵で、オーラのある美人だ。
「あ…すみません、品のない飲み方で」
恐縮しながら言うと、女性は首を横に振った。
「ううん。若い時を思い出して、元気が出ちゃった。失恋したときとかに、そうやって早く酔いたくてバーに来たことがあったなって」
私は、なんとなく知らない人と話したい気分ではあったので、「実は…」と切り出す。
「さっきまで、高校時代の部活の仲間で女子会をしてたんです。みんな、結婚したり、子どもがいたりして、私だけまだ身が固まってなくて…」
だから30歳になってから特に焦っていること。今の彼は5つ下で、とても好きだが、このままでは婚期を逃す気配しかないこと。それでもいいと思うくらい今が幸せだけれど、ふとしたときに、将来を考えて怖くなることなどを話す。
「へえ、今の子も、30歳だからそろそろ、とか考えるのか。時代が変わって、なーんにも気にしなくなったものかと思ってたわ」
「気にしますよ。とくに、私にとっての部活仲間みたいに、特定のコミュニティで自分だけがみんなと違っていると、すごく気になってしまって」
「なるほどね」
「…もちろん、年齢なんて関係ないとか、結婚がすべてじゃないっていう考えには同意するんです。ただ、自分のこととなると、そうも言ってられないというか」
女性に勧められて、バーボンのロックをもらう。
「それに先週、彼にはっきりと言われたんです。『結婚なんて、まだそんなに真剣に考えたことないから』って。30歳の女性と付き合っていて、結婚はまだ考えていないなんて、無責任だと思いました」
― 初対面の人に話しすぎてる。でも、止まらない。
胸の底にしまっておいたはずの言葉が、お酒のせいか、ポロポロと出てくる。
「でも、そんなことを言って彼を責めるのもお門違いな気がして。25歳と付き合ったなら、すぐには結婚話が出ないのも、想像できていて然るべきだし」
私がため息をつくと、女性は、背中を軽くさすってくれる。
「グルグル考えてしまうのね」
「はい。子どもがほしいので、年齢的にも結婚はそろそろしたいんです。でも、彼との未来があるなら、もし子どもができるタイミングを逃しても、それもいいかなって思ったりして。感情が矛盾してます」
私は「すみません、いきなりこんなベラベラしゃべって」と頭を下げた。
「いえいえ。年齢のことは、気になるわよね。私もそうだったからわかるわ」
「お恥ずかしいです。年齢にこだわるなんて本当は嫌なんですけど、焦ってばかりで」
「あら、年齢にこだわるのは、悪いことじゃないのよ」
「そうですか?」
「年齢にこだわって動いた結果、幸せになった人を私はたくさん知っている」
女性はグラスを傾けてお酒を飲み干すと、マスターを呼び、私の分までお会計をしてくれた。
そして最後に、こう言う。
「結婚するか、しないか、どっちに転んでも、大丈夫よ」
「え?」
「どんな道を進んでも、それなり幸せで、でも時々選ばなかったほうをないものねだりをする。そんな人生が待ってるものよ。
だけど一つ言えるのは、大事な人に本音を話すこと。そして、一緒に考えを深めること。後悔だけは残さずね」
女性は、私の肩をポンポンと叩き、去っていった。
― そっか。蒼人に、このまとまらない本音をぶつけてみよう。
そう考えながら、私はもう少し飲みたくなって、メニューを開く。
そのとき、横から強い視線を感じて、私は顔を上げた。
制服を着た男性スタッフが、こちらをじっと見ていた気がする。しかし男性は、顔をすぐにそむけ、くるりと振り返ってどこかへ行ってしまった。
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菜穂をじっと見ていた男性スタッフ。その理由とは?
この記事へのコメント
もう少しテンポよく話を進めて欲しい。第一、タイトルが先週とほぼ同じ(若干表現は違っても意味合いは酷似)ww ガン見してきた男は幼馴染みかなんか?
気強いな、この女。