港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「好きになる人とは、いつも上手くいかない」28歳ハイスペ男でも、恋が上手くいかないワケ
「で?生まれて初めての二日酔いになったから、2泊の予定だったのに1泊で帰ってきちゃったってこと?ともみさんらしくないけど、なんかかわい~♡」
「…しばらくお酒は飲まないことにする」
大輝との旅行から帰った2日後。ともみはルビーに半ば強制され、BAR・TOUGH COOKIESにいつもより1時間も早く出勤している。
店内の清掃を猛スピードで終え(主にルビーが)、ともみが箱根土産を渡すと、ルビーはともみも一緒に食べようと大喜びで、その場で開封してしまった。
温泉餅、瓶詰のティラミスまではよいとしても、かまぼこ(ルビーのリクエスト)は持ち帰るように説得した。しぶしぶ納得したルビーがコーヒーを淹れ、カウンターに並んだともみを質問攻めにし始めたのだ。
うまぁ~い!あまぁ~い!と温泉餅とティラミスを交互に頬張りながらも、まるで刑事の事情聴取のようなルビーのしつこさから逃げられず、ともみは聞かれるがまま全てを話す羽目になった。でもそのハイテンションに実は救われてもいる。
― むしろ誰かに吐き出さないと、恥ずかしくて死にそう。
「ともみちゃんが覚えてないなんて残念だなぁ~」
昨日の、大輝の意地悪でからかう笑顔を思い出す度に、ともみは穴があったら入りたいどころではない羞恥に襲われ、叫び出したくなってしまうのだ。
― なんであんなに飲んじゃったの、私。
ともみは酒が強い。その上で自分の限界を超えて飲むことはこれまでなかった。自分を抑えきれずに、二日酔いになる程飲み続けることなど愚かな行為だと思ってきたから。
なのに…。大輝と話している間ずっと飲むことをやめられず、目を覚ました今、酔いに落ちてからの記憶がおぼろげだ。
がんがんと痛む頭に悶え、寝返りを繰り返しているうちに、ベッドサイドに置かれていたペットボトルの水が目に入った。大輝が置いてくれたのだろうかと思いながら、何とか起き上がりそれを手に取ると、ボトルの横に小さなメモが置かれていた。
『おはよう。無理して起きてこなくていいから、部屋でゆっくりしてね』
― 文字まで美しいなんて…。
大輝の字を見たのは初めてだ。文字教室などでもお手本になりそうなバランスの良い形、筆圧の優しさに彼の育ちの良さをまた垣間見た気がする。
部屋の時計は11時半過ぎ。閉められているカーテンの隙間から漏れる光もすでに昼の様相だ。まだ昨日の服のままで、メイクも落としていないことにも気がつき、ともみはひどく痛む頭と倦怠感を抱えたまま、ベッドからはい出した。
大輝にLINEをしてシャワーを浴びる許可をもらい、身支度を整えてリビングに降りると、ソファーに長い脚を投げ出し寝そべっていた大輝が身を起こしてほほ笑んだ。
「大丈夫…じゃなさそうだね?」
「…途中から全く記憶がなくて…ごめん」
謝るともみに、大輝はなぜか上機嫌で「酔っ払ったともみちゃん、すごくおもしろかったのに。ともみちゃんが覚えてないなんて残念だなぁ~」と意地悪なからかう口調で笑った。
けれど実は、「全く」というのはウソだった。シャワーを浴びたあたりから、少しずつ記憶が戻ってきてしまっていたのだ。
― 思い出したくなかった…。
大輝の失恋の相手が京子という名の人妻であると知り、さらにその人妻が、今なお大輝の心を掴んだままであることへの苛立ちを言葉にしてしまった記憶を。
羞恥に耐えられず大輝には覚えていないふりをしたが、できれば自分の脳裏からも抹消したい。でも忘れたいと思えば思うほど、乱暴に投げつけてしまった一言一言が鮮明に浮かんできてしまう。
「夫が浮気したんだから自分も浮気しても許されるっていう思考が、まず理解不能だし。
傷ついたのか弱ったのか知らないけど、散々大輝さんに甘えといて、結局夫とも別れないなんてただの欲張りな女でしょ」
この記事へのコメント