それから半年後。
私は、白金高輪にある人気の鮨店のカウンター席に座っていた。
今日はキャンセル待ちではない。上司が2名席を確保していたのだが、相手が体調不良で来られなくなったおこぼれだ。
― 上司に普段から恩を売っていてよかった〜。
私は心の中でガッツポーズをし、これから始まる2時間を楽しみにしていたその時だった。
「こんばんは。ギリギリになってしまってすみません」
そう言いながら店内に入ってきた男性から、目線をはずせなくなってしまった。
― 直樹さん……!
目が合うと直樹は少し驚いたあと会釈しながら微笑んだ。彼も今日は男性とふたりで来ている。
会話が聞こえそうで聞こえない距離。私はドキドキしながら、極上の鮨と日本酒を楽しんだ。
「美味しかったです!ありがとうございました」
食事が終わり、上司にお礼を言いタクシーで帰した私は、電車で帰ろうか飲み直そうか迷っていた。
その時、後ろから声がかかった。
「千夏さん!またお会いしましたね」
「あ、直樹さん…」
「さっき、声をかけようと思ったんですけど。席が遠かったし、お互い友人と一緒でしたしね」
「そうですね…あ!私は友達じゃなくて、上司に連れて来てもらったんですよ。だから気を使う会ではあったんですが。それでも、めちゃくちゃ美味しかったです」
緊張した私は、ものすごい早口になってしまい、恥ずかしくなる。
「あはは、そうでしたか。それにしても2回も偶然会うなんて。なんか、すごいですね。偶然なのか…必然なのか」
あまりにも生真面目に直樹が言うので、私たちは笑い合った。
「もしよかったら、このあと少し飲みませんか?」
あの時と同じセリフを、今度は直樹が私に言ってくれた。
◆
「こことか…どうですか?」
「いいですね。私は直樹さんとお酒が飲めるなら、どこでも」
私たちは白金にあるバーに足を運び、互いの半年間を振り返るように会話を重ねた。
直樹は総合商社勤務で、今は子会社に出向してペットフードを担当しているらしい。
猫を飼っている私は、彼の話を興味津々に聞いた。本体にいるよりも子会社の方が楽しいと話す表情は、充実感と自信が満ちている。
お互いの仕事の話が一段落すると、私たちは少しの間沈黙した。
「実は私、虎ノ門のあの夜、ちょっとだけ期待してたんです。偶然の出会いだったし運命的なものも感じて…直樹さんとは仲良くなれそうだなって」
お酒が入ると、私は思ったことが全て口から出てきてしまう。
「僕も、千夏さんともっと話したいと思ってました。でも……あの時は、ちゃんとけじめをつけるべきだったから」
やっぱり直樹は誠実な人だ。
彼氏と別れてから、男性とデートすることすら嫌になっていた。けれど、直樹と過ごす時間は終わりが来てほしくないと願ってしまうほど楽しい。
「でも今はもう、恋人も他にデートしてる人もいないので」
直樹がウイスキーの入ったグラスをゆっくりと傾けながらそう言うと、私の胸の奥がじわっと熱を帯びる。
「じゃあ、これからは?」
私は勢いに任せて聞く。
「これからは、まずは千夏さんの行きたい店に一緒に行きたい、かな」
「嬉しい。でも…それだと、私たちはただのグルメ友達になるけど、それでいいの?」
私が意地悪な表情をして直樹の顔を覗きこむと、彼は耳まで真っ赤になった。
「い、いや。その……それがデートっていうか、もっと千夏さんと仲良くなりたくて、その…」
「はい。わかってます」
私がそう言うと、直樹は安心したように優しい笑顔を見せてくれた。
お互い彼氏・彼女がいる時に出会い、タイミングを逃してきた私たち。でも、こうやってまた出会えたということは、本当に運命なのかもしれない。
素敵なお店は、素敵な出会いのキッカケをくれる。私はそれを身をもって感じた。
「早速なんだけど、千夏ちゃん。ここには行ったことある?」
私は直樹のスマホを覗きこむ。
敬語じゃなくなったこと、“千夏さん”から“千夏ちゃん”になったことに気づかないふりをして。
▶1話目はこちら:港区女子が一晩でハマった男。しかし2人の仲を引き裂こうとする影が…
この記事へのコメント
ご縁のある人とはなぜか偶然会うんだよね、不思議と。
そして煮卵の写真がめちゃくちゃ美味しそうで。雲丹というよりこぼれいくらがどっさりで今すぐ食べたいーーー。
最初、千夏から誘ってみるのもとても良かった!