2025.03.31
1LDKの彼方 Vol.15「じゃあさ…結婚しようよ」
まっすぐに真剣な目でそう言ってくれた亮太郎の顔。
ずっと待ち続けていた言葉を、あれほど欲しかった言葉をついにもらったのに、私は何も言えなかったのだ。
だって、想像していたような喜びも、感情も、幸福も──これっぽっちも湧いてこなかったから。
「あ…あの…。とりあえず、病院行ってくるから」
「あ、そうだよね…。あの、俺も一緒に行くよ!」
「ううん、いいや。まずは1人で行ってくる。終わったら帰るから、その後また話そう」
「わかった。この部屋で待ってる」
必死で言葉を絞り出した私は、亮太郎を置いてそそくさと部屋を出てきてしまった。
なぜだか、クリニックにはついてきてほしいと思えなかった。
母親になれるかどうかわからないという不安が大きかったのはもちろんだけれど、その他になにか引っ掛かるところがあるような気がしたから。
― 一体、何に引っかかったんだろう。
考えても考えても、ますますわからなくなってくる。その時、やっと受付から私を呼ぶ声がした。
「森村さん、森村明里さん〜。診察室にお入りください」
「は…はい」
まとまらない考えを振り切るように、真っ白な扉を引いて中に入る。
亮太郎と、亮太郎のプロポーズのことを頭の片隅で考えながら、この2ヶ月ほど生理が来ていないことを老年の女性医師に伝える。
粛々と進む診察と、体の中を調べられる違和感に、自分の顔が歪むのを感じた。
内診なんて、数年前に受けた子宮頸がんの検査以来だと思う。だけど今回は、全く意味が違う。
ドキドキと、鼓動が速まる。
体を硬くする私とは対照的に、医師の声は淡々としていた。
「森村さん。ほらここのエコー、わかりますか?」
怖い。エコーを確認する目は、無意識のうちに薄目になってしまう。
だけど、医師が指差す画面を一目見た私は…思わず息を呑んだ。
「えっ…」
◆
「お大事になさってください」
日比谷線に揺られる私の頭の中で、何度もその声がリフレインする。
診察を終え、病院を出た私が向かったのは、菜奈の家ではなく亮太郎と私の1LDKだ。
「ただいま…」
ゆっくりと、部屋のドアを開ける。ドアを開けるなり、亮太郎の大きな声が私を迎え入れてくれた。
「おかえりー!」
「あとで話そう」と言ったのだから当たり前なのだけれど、亮太郎がこの部屋で待っていてくれたことにホッとしている自分がいた。
亮太郎は、キッチンに立っていた。
大きな鍋からは何やら湯気がたちのぼり、シンクは荒れ放題になっている。どうやら、慣れない料理に勤しんでいたらしい。
「明里が帰るまでに夕飯作って、びっくりさせようと思ってたんだけど…。全然間に合わなかった。ごめん!」
そう言って恥ずかしそうに笑う亮太郎を見て、知らずのうちに強張っていた緊張が解けていくのを感じる。
「チキンカレーって、妊婦さんでも食べられるよね!?」
そう言ってワタワタと動く亮太郎を見ていると、やっぱり、しみじみとした気持ちが込み上げてくる。
つまらないことで部屋を飛び出してしまったけれど。突然のプロポーズにも固まってしまったけれど、私はやっぱり亮太郎を愛しいと思う。
だからこそ、言わなくてはいけないことがあった。
「亮太郎、ちょっと話そう。お料理は途中でいいから、座ってくれる?」
「うん」
少し緊張した面持ちの亮太郎と一緒に、ソファに並んで座った。
「明里。お腹の子…病院で、なんて?」
ソワソワと落ち着かない亮太郎の様子をこれ以上見ていられなかった私は、なるべくなんでもないことのように、あっさり伝えるよう心がけた。
「ごめん。妊娠してなかったの」
「え。妊娠…してない?赤ちゃん、できてなかったの?」
「うん。生理がしばらく来てなかったから、そうだと思い込んじゃったんだけど。多嚢胞性卵巣症候群って言われたの」
キョトンとした顔を浮かべる亮太郎に、つい吹き出しそうになってしまう。
バカにしているわけじゃない。ついさっき私も、診察室で全く同じ表情を浮かべていただろうと思ったからだ。
医師の指差したエコー画像には、生理が遅れている原因がはっきりと映っていた。どうやら私のホルモンは本当に乱れ調子で、うまく排卵ができていないらしい。
病気の特徴的な症状を示す画像は、想像していたような───赤ちゃんの姿とはまったくかけ離れていて、私はただ医師の前でまぬけ面を浮かべるしかなかった。今はそんな私の目の前で、亮太郎が同じまぬけ面を浮かべている。
「タノウホウ…?って…?わ、わかった。妊娠してないのはわかったけど、明里は大丈夫なの?」
「うん。生理不順なだけで、特に今できることはないみたい。もしかしたらピルを飲んだりするかもしれないけど…。あとは、赤ちゃんが欲しいと思った時にちょっと治療が必要になるかもしれないけど」
「そう…なんだ」
「うん」
「そっかぁ…」
「うん。だからね、亮太郎。結婚してくれなくても、大丈夫だよ」
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