マティーニのほかにも Vol.12

「好きになっちゃった…」ミス東京大学に推薦された22歳女が、初めて恋に落ちたのは意外な相手で…

これまでに何度も言われた言葉を投げかけられた途端、由依は憤慨する。

「もう!リョウさんっていつもそうやって有耶無耶にする。今は令和だよ?こんな自由な時代だよ?恋愛に年の差なんて関係ないじゃん」

「はいはい、タマゴちゃん。こういう話はもう終わり。ここはバーなんだから、くだらないこと言ってないで黙って酒飲んでなさい」

リョウは、どんな話題にも乗ってくれる。

お酒のことはもちろん、世界を巡る旅のこと、文学のこと、アートや雑学のことも、どんな話題だってリョウのお手のものだ。

リョウが42歳だということも、昔は日比谷にある五ツ星ホテルのバーテンダーとして活躍していたことも、何だって、聞けば包み隠さず教えてくれた。

けれど、二つだけリョウが教えてくれないことがあった。

一つは、どうして一流ホテルのバーテンダーだったリョウが、縁もゆかりもない上野でカジュアルすぎる小さなバーを開くことになったのか。

もう一つは、リョウがこれまでにどんな恋をしてきて、今どんな恋をしているのか──。

― リョウさん、やっぱり好きな人がいるのかな…。そうだったら私、耐えられないよ…。

由依は自分でも、どうしてこんなにリョウのことが好きなのかわからない。けれど、日に日に増していくこの気持ちが、ただの物珍しさなんかではないことははっきりとわかる。

「で、タマゴちゃん、次は何飲むの?ラムコークおかわりか、あとはカルアミルクとか?」

いつもの由依が好きそうなカクテルの名前をあげるリョウを、まっすぐ見つめる。

― 私が本気だってことを、リョウさんにわかってほしい。子ども扱いしないで、きちんと自分と向き合ってほしい。

そう強く願い続けている由依は、ここのところあちこち他のバーを訪れては、バーテンダーたちに恋の相談を持ちかけている

そして今夜は、ついにその相談の結果を実行するべく、リョウの元を訪れたのだ。

由依は、ドキドキと高鳴る胸を抑えながら、はっきりとリョウに向かって注文する。

「“アイオープナー”をお願いします。私だけじゃなくて、リョウさんの分も」

「…」

リョウが一瞬たじろいだのがわかる。

「…かしこまりました」

少しの沈黙の後、小さい声で返事をしたリョウさんは、次々とカウンターの上に材料を揃えていく。

ホワイトラム。アブサン。ヘーゼルナッツリキュール。オレンジキュラソー。砂糖。

そして最後に取り出したのは──、タマゴだった。


卵黄のみが取り出され、全ての材料がリョウの手の中で激しくシェイクされていく。

カクテルグラスに注がれた液体は夕方と同じ橙色だ。

ふたつのカクテルグラスを並べて、リョウが言った。

「お待たせいたしました。“アイオープナー”です」

「リョウさん、乾杯しよ」

「わかったよ。乾杯」

アイオープナーは、短時間で飲むべきショートカクテルだ。ぐい、とグラスを仰ぎ一気に味わう。


ラムの力強さと、アブサンの独特なアニスの風味。それらをオレンジキュラソーの甘味が和らげているが、度数は40度を超えている。

その目が覚めるような味わいを引き立てているのは、他でもない、タマゴだ。

強いアルコールが、由依の胸を一層熱くする。

飲み干したグラスをそっと置くと、由依はもう一度まっすぐにリョウに向き合った。

「リョウさん。その目をよーく開いて、見てよ。私のこと」

「…」

「リョウさんから見たら、私なんてタマゴかもしれない。けど、こんな強いカクテルにだって使えるじゃん。私、オトナだよ」

「いや、でも…。何でそんなに俺のこと」

「ね、教えて。このアイオープナーのカクテル言葉は?」

「“運命の出会い”……だったかな」

往生際の悪さを見せるリョウの目は、けれど、さっきまでの小さな子どもを嗜めるようなものとは、少しだけ違っているような気がした。

「そういうこと!好きになるのに、理由なんてないもん」

「……」

今はまだ、ふたりの関係は、橙色の夕暮れだ。由衣だけがただ、夕方になるとリョウのところへ走っていく。

だけどいつか、リョウと目覚まし時計の音を一緒に聞けたら“アイオープナー”の橙色は違って見えるだろうか?

そんなことを考えながら、由依は初めての強いカクテルに頬を赤らめる。

「ねえ、リョウさん。私、本当にリョウさんのこと大好きだよ…」


▶前回:「3ヶ月で離婚なんて…」“好条件の男”と結婚してすぐに、別れを切り出された28歳妻は…

▶1話目はこちら:国立大卒の22歳女。メガバンクに入社早々、打ちのめされたコト

▶Next:10月23日 水曜更新予定
美しい現役東大生に、熱烈なアプローチを受ける42歳・リョウの過去

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この記事へのコメント

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No Name
変に計算ずくとか自己流のモテテク駆使やらアホ臭い駆け引きで自爆....等々残念女子が主人公の話が多い中、ここまで明るく自分の気持ち正直にぶつけるなんて返って清々しいなと思った!
先週由依の印象はあまり良くなかったけれど今日読んでなんだか応援したくなったよ。
2024/10/09 05:4112
No Name
人生で一度位は、結構年上の男性に強く憧れたり本気で恋に落ちたりすること有りますよね。
大学一年の頃すごく好きだった人を思い出しました。
2024/10/09 05:288返信1件
No Name
特に大きな感動はなかったけれど、微笑ましいほっこりする話だった。
2024/10/09 06:227
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