2024.10.09
マティーニのほかにも Vol.12これまでに何度も言われた言葉を投げかけられた途端、由依は憤慨する。
「もう!リョウさんっていつもそうやって有耶無耶にする。今は令和だよ?こんな自由な時代だよ?恋愛に年の差なんて関係ないじゃん」
「はいはい、タマゴちゃん。こういう話はもう終わり。ここはバーなんだから、くだらないこと言ってないで黙って酒飲んでなさい」
リョウは、どんな話題にも乗ってくれる。
お酒のことはもちろん、世界を巡る旅のこと、文学のこと、アートや雑学のことも、どんな話題だってリョウのお手のものだ。
リョウが42歳だということも、昔は日比谷にある五ツ星ホテルのバーテンダーとして活躍していたことも、何だって、聞けば包み隠さず教えてくれた。
けれど、二つだけリョウが教えてくれないことがあった。
一つは、どうして一流ホテルのバーテンダーだったリョウが、縁もゆかりもない上野でカジュアルすぎる小さなバーを開くことになったのか。
もう一つは、リョウがこれまでにどんな恋をしてきて、今どんな恋をしているのか──。
― リョウさん、やっぱり好きな人がいるのかな…。そうだったら私、耐えられないよ…。
由依は自分でも、どうしてこんなにリョウのことが好きなのかわからない。けれど、日に日に増していくこの気持ちが、ただの物珍しさなんかではないことははっきりとわかる。
「で、タマゴちゃん、次は何飲むの?ラムコークおかわりか、あとはカルアミルクとか?」
いつもの由依が好きそうなカクテルの名前をあげるリョウを、まっすぐ見つめる。
― 私が本気だってことを、リョウさんにわかってほしい。子ども扱いしないで、きちんと自分と向き合ってほしい。
そう強く願い続けている由依は、ここのところあちこち他のバーを訪れては、バーテンダーたちに恋の相談を持ちかけている。
そして今夜は、ついにその相談の結果を実行するべく、リョウの元を訪れたのだ。
由依は、ドキドキと高鳴る胸を抑えながら、はっきりとリョウに向かって注文する。
「“アイオープナー”をお願いします。私だけじゃなくて、リョウさんの分も」
「…」
リョウが一瞬たじろいだのがわかる。
「…かしこまりました」
少しの沈黙の後、小さい声で返事をしたリョウさんは、次々とカウンターの上に材料を揃えていく。
ホワイトラム。アブサン。ヘーゼルナッツリキュール。オレンジキュラソー。砂糖。
そして最後に取り出したのは──、タマゴだった。
卵黄のみが取り出され、全ての材料がリョウの手の中で激しくシェイクされていく。
カクテルグラスに注がれた液体は夕方と同じ橙色だ。
ふたつのカクテルグラスを並べて、リョウが言った。
「お待たせいたしました。“アイオープナー”です」
「リョウさん、乾杯しよ」
「わかったよ。乾杯」
アイオープナーは、短時間で飲むべきショートカクテルだ。ぐい、とグラスを仰ぎ一気に味わう。
ラムの力強さと、アブサンの独特なアニスの風味。それらをオレンジキュラソーの甘味が和らげているが、度数は40度を超えている。
その目が覚めるような味わいを引き立てているのは、他でもない、タマゴだ。
強いアルコールが、由依の胸を一層熱くする。
飲み干したグラスをそっと置くと、由依はもう一度まっすぐにリョウに向き合った。
「リョウさん。その目をよーく開いて、見てよ。私のこと」
「…」
「リョウさんから見たら、私なんてタマゴかもしれない。けど、こんな強いカクテルにだって使えるじゃん。私、オトナだよ」
「いや、でも…。何でそんなに俺のこと」
「ね、教えて。このアイオープナーのカクテル言葉は?」
「“運命の出会い”……だったかな」
往生際の悪さを見せるリョウの目は、けれど、さっきまでの小さな子どもを嗜めるようなものとは、少しだけ違っているような気がした。
「そういうこと!好きになるのに、理由なんてないもん」
「……」
今はまだ、ふたりの関係は、橙色の夕暮れだ。由衣だけがただ、夕方になるとリョウのところへ走っていく。
だけどいつか、リョウと目覚まし時計の音を一緒に聞けたら“アイオープナー”の橙色は違って見えるだろうか?
そんなことを考えながら、由依は初めての強いカクテルに頬を赤らめる。
「ねえ、リョウさん。私、本当にリョウさんのこと大好きだよ…」
▶前回:「3ヶ月で離婚なんて…」“好条件の男”と結婚してすぐに、別れを切り出された28歳妻は…
▶1話目はこちら:国立大卒の22歳女。メガバンクに入社早々、打ちのめされたコト
▶Next:10月23日 水曜更新予定
美しい現役東大生に、熱烈なアプローチを受ける42歳・リョウの過去
先週由依の印象はあまり良くなかったけれど今日読んでなんだか応援したくなったよ。
【マティーニのほかにも】の記事一覧
2024.09.11
Vol.10
結婚わずか3ヶ月で別居した35歳会計士。「妻とはもう無理」と思った理由とは
2024.08.14
Vol.9
田園調布雙葉出身、親は開業医の28歳女性の婚活が難航するワケ。男との交際を反対されたがその裏には…
2024.07.31
Vol.8
エアコンの設定温度でケンカに…。夏のお家デートで露呈した、29歳男の本性
2024.07.17
Vol.7
「俺ってズルいのかも…」27歳男が、10歳上の女性の魅力にハマった理由
2024.07.03
Vol.6
元彼が忘れられない。思い出の場所で感傷的になった37歳女は思わず勢いで…
2024.06.19
Vol.5
損保勤務の28歳独身男がNY駐在に。現地でハーフの彼女ができて、夢中になった結果…
2024.06.05
Vol.4
一橋卒の28歳エリート証券マン。上司から誘われ、日本橋のバーに渋々付いて行ったら…
2024.05.29
Vol.3
港区の1LDKで彼氏と同棲して1年半。30歳女が深夜1時に帰宅すると、男が吐き捨てた一言とは
2024.05.22
Vol.2
初デートで渋谷のレストランに連れていったら、「なんか違う…」と男がフラれた理由
2024.05.15
Vol.1
マティーニのほかにも:国立大を卒業してメガバンクに就職した22歳女。初めて東京のバーに行ったら…
おすすめ記事
2024.09.25
マティーニのほかにも Vol.11
「3ヶ月で離婚なんて…」“好条件の男”と結婚してすぐに、別れを切り出された28歳妻は…
- PR
2024.10.04
今年の3連休はあと2回!“おこもりデート”にぴったりな、箱根の温泉付きホテルとは
2024.03.12
今日、私たちはあの街で
妻子を大阪に残して、東京に単身赴任中の39歳男。ある夜、紹介された年下美女と意気投合してしまい…
2020.08.08
男と女の答えあわせ【Q】
「ヤダ、見ないで・・・」真夏のデートで女が男に目撃された、まさかのモノとは!?
2016.05.06
東京いい街、やれる部屋2
東京いい街、やれる部屋2:そうだ、まずは男の部屋に行こう
2019.08.20
スーパーカーの助手席に乗る女
スーパーカーの助手席に乗る女:“クルマ人脈”で、人生激変の26歳サラリーマン。男を愛した女の苦悩
2019.08.22
聖女の仮面
聖女の仮面:10年前、同級生の女が忽然と姿を消した。27歳になった女たちの、衝撃的な再会
2022.01.23
男と女の答えあわせ【A】
「見てはいけないモノを見てしまった…」一夜を共にしてから、年下美女の態度が急変した理由
2021.11.04
私の年下くん
私の年下くん:年上との恋愛に疲れた33歳独身女。食事会で出会った男に意外な対応をされてしまい…
2015.11.08
東京女子図鑑
40歳になった女性・綾が住む街・・・それでも、女の人生は続く。
東京カレンダーショッピング
『佐藤養助商店』:門外不出の技による、喉ごし滑らかな"稲庭干饂飩"
『かに物語』:ふっくらと肉厚な一本爪が2本入ったフレンチカレー
『西岡養鰻』:特製タレ付き!脂の乗った高品質な鰻を土佐備長炭で丁寧に焼き上げた蒲焼
『マルヒラ川村水産』:ご飯に載せて贅沢いくら丼!1粒1粒に旨みが凝縮された、とろける食感の北海道函館産天然いくら
『North Farm Stock』:北海道産ミニトマト使用!糖度が高く、コクとうまみがたっぷり詰まったトマトジュース
『ル・ボヌール 芦屋』:フリーズドライフルーツにホワイトチョコがたっぷりと染み込んだ新感覚スイーツ
『HAL YAMASHITA 東京』:シルクのようななめらかさ!冷え冷えトロリの新食感"ウォーターチョコレート"
この記事へのコメント