マティーニのほかにも Vol.11

会計士の夫は、恵比寿の別邸暮らし。別居して3年、専業主婦に憧れていた31歳女の末路

東京に点在する、いくつものバー。

そこはお酒を楽しむ場にとどまらず、都会で目まぐるしい日々をすごす人々にとっての、止まり木のような場所だ。

どんなバーにも共通しているのは、そこには人々のドラマがあるということ。

カクテルの数ほどある喜怒哀楽のドラマを、グラスに満たしてお届けします──。

▶前回:「妻とはもう無理」結婚わずか3ヶ月で、35歳会計士が離婚を切り出したワケ


Vol.12 <グラスホッパー> 桂沙耶香(31)の場合


食卓の上でほかほかと湯気を立てていた豚の角煮は、22時を回った今、すっかり冷えて固くなってしまった。

「はぁ…」

飯田橋のマンションの明るいダイニングで、料理が冷めていくのをじっと見つめていた沙耶香は、深いため息をつく。

どうせこうなる、とわかっていても、手の込んだ料理が誰にも食べられずに冷めていくのを見ているのは気分が悪かった。

「はいはい、旦那様は今日も帰って来ませんよ…っと」

気を紛らわせるために軽い口調でひとりごちながら、角煮の皿にラップをかける。

隅々まで手入れの行き届いたキッチンにその皿を持っていくと、ゆっくりと冷蔵庫を開ける。

その冷蔵庫の中には───筑前煮やアジの南蛮漬け、カニクリームコロッケなどの手間暇をかけた料理の数々が、所狭しと並んでいた。

これが、沙耶香の毎日だ。

ひとりぼっちの、孤独な結婚生活。公認会計士をしている夫の龍一とは、3年間の結婚生活のうちのほとんどを別々に過ごしている。

それでも、結婚して専業主婦になった以上、家庭的でいることは義務のようなもの。

そう信じて疑わない沙耶香は、いつフラッと帰ってくるともしれない龍一のために、欠かさずこうして夕飯を作ってはLINEで献立を送り続けているのだった。

「いいもん。いつも通り、私の明日のお昼にするから」

そんな独り言を言いながら沙耶香は、作り過ぎてしまった角煮を冷蔵庫にしまおうとする。

けれど、作り置きの料理で埋め尽くされた冷蔵庫には、これ以上大皿を入れる余地はなかった。

「よいしょ…っと。あれ…入らない…っ」

ひしめき合うお皿やタッパーたち。そのなかでひときわ大きなスペースを取っているのは、まだ一口も手をつけられていないホールケーキだ。

この記事へのコメント

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No Name
別居中なのに専業主婦続けてるとか、どうなん?
2024/09/25 05:3520返信1件
No Name
人が好きで食べているものを「よくそんなの食べれるね」と言う人は本当に品がないと思う。
2024/09/25 07:0719
No Name
もうとっくに夫婦仲なんて破綻していて別々に暮らしているのに、フラッと帰ってくるともしれない龍一のために欠かさずこうして夕飯を作ってはLINEで献立を送り続けている?
もう頭おかしくなってるよね。彼に対する愛はなく、単なる「結婚生活」への執着!
2024/09/25 05:4218
もっと見る ( 15 件 )

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