前回:「勝負デートに向けてプレゼント♡」29歳女性が、年上の女友達からの贈り物を開けて仰天した理由
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夢とか目標とか、野心はあるか?そんな伊東さんの問いかけへの答えを持ち合わせておらず、返答への間があいてしまった。
オレ、変なこと聞いちゃったかな?という伊東さんの心配そうな声がして、私は慌てて首を横にふる。
「…夢らしい夢、目標らしい目標って、今の私には持ててないと思います」
「持ちたいと思う?」
「…そう、ですね。伊東さんや清水さんのお話を聞いていると…私って、大人になってからの毎日を、すごくボーっとというか、なんとなく過ごしてきちゃったんだなって改めて感じたので…」
なんとなくってどういうこと?という伊東さんに、私は自分の就職から今にいたるまでの話をした。
第一希望だった翻訳小説に強い中堅出版社に落ちた後、他社にも落ち続けていた私に、大学のゼミの先輩が、自分が勤務する外資系製薬会社で事務職を応募しているから受けてみない?と声をかけてくれたこと。
製薬会社なんて考えたこともなかったのに、どこかに就職しなければ周りに取り残されるという焦りから試験を受けると、幸いにも入社できたということ。
「仕事にやりがいがないとかではないんです。でも上司にはいつも、あなたが将来どうしたいのかという目標やビジョンは全く見えてこないと指摘されていて。
だから…伊東さんや清水さんみたいに、明確な目標に突き進む人たちがすごく眩しくて、輝いて見えるのかもしれません」
そっか、と言った伊東さんがしばし沈黙し。少しデート向けじゃない話してもいいかな?と前置きしてから続けた。
「オレを雇ってくれた恩人の、レストランのオーナーに言われたことがあってさ」
それは以前シャンパーニュで聞いた、伊東さんがフランスで初めて働いた店のオーナーさんのことだろうか。
「うらやましいはヒントだから、うらやましいを探しなさいって」
「うらやましい、を探す?」
そのタイミングで料理が運ばれてきた。1品目は“伊豆の海と山の散歩”と名付けられたかわいらしい前菜。楕円形の木のボードに5つのタパスがのっていて。
ミートボールのような大きさのコロッケの中には、キノコ、イカ、タラ、が入っているという細かさに驚いたし、炭火とイカ墨で色を付けられた黒いワッフルのような生地の上にはクリームチーズ、自家製だというキャビア、さらにワサビのパウダー。
目にも舌にもうれしいこの1品目に合わせて出されたノンアルコールドリンクは、セロリと梨をベースにした炭酸ドリンクで、そこにワサビと山椒を利かせたという。
梨とセロリが合わさることで適度に甘さと苦みが中和されるという説明そのままに、言われなければセロリが入っているとは気がつかないかもしれない。
料理との相性について清水さんが伊東さんに意見を求めると、レモンとか柑橘の皮を使ってもいいかも…とアドバイスされていた。
なるほど!とうれしそうな清水さんが部屋を出るのを見送ってから伊東さんは、さっきの話の続きだけど、と切りだしてくれた。
「うらやましいを探す、っていうのはさ、夢や目標を見つけられていなかったオレへのアドバイスだったんだよね」
......
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この記事へのコメント
羨ましい感情からの妬み云々の所、「人を妬みその妬みに支配されるようになったらおしまい」の一文は特に考えさせられた。 令和の世の中そんなんばっかりじゃない?妬みの暴走ワールドみたいな。妬んでる気持ちを隠したくて肯定するように暴れたり、逆に何か言われると「私の事妬んでるんでしょ?」とマウント取る人と..... 結局認められない事を人のせいにし...続きを見るてる同士のぶつかり合いも。 本当に伊東さんと話を考えた書き手の方も素晴らしいとしか言いようない🥺
宝ちゃんと伊東さん絶対に結ばれてほしいよね!
朝は読めなくてガッカリしてたのに。