「それでは、十番での出会いに乾杯!」
店で女性に声をかけて一緒に飲むことはあるが、初対面の年上の男性に誘われるのは初めてだ。
でも、業種が違っても俺と秋山は経営者同士。話がまったく合わないこともないだろうし、元太が乗り気だったので、場の雰囲気に流されてやった。
「翔馬くんが飲んでいるのは、グレンリヴェットの21年か。知ってるかな?20年の記念ボトルが…」
「秋山さん!」
秋山はウイスキー通なのだろうか。ウンチクを語り始めたところで、元太が勢いよく遮った。
「そんなことより、鮨屋で言ってましたよね」
「ん?」
「翔馬が経営者だって言ったら、女の子たちが喜びそうだって。そこ詳しく」
「あぁ…」
秋山は、目の前に置かれたマッカラン18年のボトルを眺め、ロックグラスを回しながら言う。
「どうだろう?美食と美酒と美女の会に参加する気はないかい?」
「……」
「び、びしょく?」
何を大層なことを言うのかと思ったら、要は食事会の誘いだった。
元太は3秒後に理解し、秋山に体を向けコクコクとうなずいている。
「ちょうどよかったです。こいつ、いや翔馬が彼女大募集中で。あ、でもそれなりの子じゃなきゃダメですよ。容姿はもちろん、中身もそれなりな…」
元太が眉毛をつり上げて調子に乗った発言をするので、俺は軽く頭を叩く。
― 確かに、彼女は欲しい。もちろんモテないわけじゃないし、彼女も作ろうと思えばすぐできる。けれど、怖いのだ…。こっちが本気になった途端、実はカネ目当てだったことが判明した過去が、フラッシュバックするから。
「あはは。もちろんそこは任せてよ。僕も素敵な女性しか友達にならないし、彼女たちを楽しませてあげたいからね」
― 何者なんだ?この男は…。
そう怪しむ間もなく、元太と秋山は食事会の話で盛り上がっている。
「はぁ…」
俺は、適当に相づちを打ちながらロックグラスを口につける。
これまで何回、女性とそういう会をしてきただろう。
しかし、幹事の女の子が結局一番可愛くて、落胆することがほとんどだった。
さらに、その子が実は俺のことが好きだったというオチも何度も経験している。
ハズレの飲み会に時間と金と肝臓を使うのは、ウンザリなのだ。
しかし、出会いが減ってきたのも確か。
「翔馬、いつ暇?てか行くよな」
「しょうがないな。お前は彼女にバレないようにしろよ」
「よかった。じゃあ、InstagramのDMか…LINE交換しますか。場所は私が決めますね」
「はい、わかりました」
だから、秋山の誘いを断れなかったのかもしれない。
◆
「いやぁ鮨もうまかったし、秋山っちとも出会えていい夜だったな」
麻布十番の商店街を歩きながら、元太は赤ら顔で俺の肩をポンポンと叩く。
「でもさ元太。あの人、美女を斡旋してるヤバい人だったらどうするよ。紹介料とか請求されたりして…」
俺がワザと怖い表情をすると、元太は「まじかよ」と顔を引きつらせた。
その純粋に信じる姿が面白くて、道端で大笑いしてしまったその時…。
「きゃっ!」
「わ!すみません!!大丈夫ですか?」
笑いすぎて前をちゃんと見ていなかった俺は、人とぶつかってしまった。
「大丈夫です。こちらこそ、ごめんなさい」
セリーヌのキャップにすっぽりと収まっている小さい頭、細いウエストの割にしっかり大きさのあるヒップ、甘さ抑えめの上品なフローラルの香り…。
一瞬で、いい女だとわかるその人は、俺の顔を見ることなく立ち去ってしまった。
「おい翔馬、見たか今の」
元太が目をキラキラさせながら言った。
「え?あぁ。THE港区って感じだな。可愛かったけど」
「そうか?この辺はプードルばっかだろ。そこそこ珍しいぞ。ビションフリーゼは」
「なんで犬の方に心を奪われてるんだよ」
「さすが港区の犬は、ちゃんと綺麗にカットされてるわ。かんわいいなぁ〜モフモフちゃん」
俺はまた元太の言動に笑わされながら、今すれ違った女性のことを思っていた。
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▶Next:9月20日 金曜更新予定
秋山が企画した食事会が開催されるが…
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