アオハルなんて甘すぎる Vol.11

28歳女の誕生日を、男女4人でホテルのスイートルームで祝うはずが…。女2人が深く傷ついたワケ

マンションを出た瞬間、黒塗りの車の運転手が待っていた。お送りするように言われています、と私たちに寄ってきたが、愛さんはそれを断り、通りに出てタクシーを捕まえた。

「青山グランドホテルまで」

タクシーに乗り込み行き先を告げると、無言のまま携帯を取り出した。大輝くんへのLINEかなと思っていると、その後、勢いよく私を見た。

「私最初に、何を言われてもしゃべらないで、って言ったよね」

声のトーンが、いつもの愛さんと違っていることに、返事を失った。

「宝ちゃんが私を思って、傍にいてくれたのはわかってる。でも宝ちゃん、すごく余計な事を言った。事情を知らずに、踏み込んで、私の邪魔をした。それはわかってる?」
「…私が…邪魔を…?」
「宝ちゃんのチープな正義感も、宝ちゃんが育った田舎のあったかい家庭での理論も、ここでは…私と彼の間には通用しない。……私が今までどれだけ、あの子と暮らすために……」

一気にまくし立てた愛さんが言葉に詰まり、私から目を逸らして窓の外を見た。その横顔と耳が、興奮のせいか赤くなっている。私は愛さんを怒らせてしまったことに激しく動揺し、思わず、ごめんなさい、と言った。

「…何に対して?宝ちゃん、今、何に対して謝ったの?わかってないよね?」
「…あ…」

雄大さんに指摘された、無意識の謝りグセ。それがまた出てしまったのかと慌てて血の気が引いた。のどが渇いて上手く言葉が出ない。

一度も私をみないまま、タクシーが止まった。

「…降りて。スイートルームに、大輝がいる。もう少ししたら雄大もくるはずだから。降りたら大輝に連絡して」

私だけが降ろされ、タクシーは愛さんを乗せたまま発進した。

携帯が着信し愛さんからかと慌てて取り出すと、それは、着いたみたいだね。オレももう部屋にいます、という大輝くんからのLINEだった。

今日は宝ちゃんをお祝いする気にならない、ごめんね、と言った愛さんの悲しそうな声が、いつまでも耳に残り、私はタクシーが去った方向を見つめたまま、しばらく動けなかった。


もう着いてるはずなのにいつまでも上がってこないから…と下まで迎えに来てくれた大輝くんに連れられて入った最上階のスイートルームは、ハッピーバースデーというバルーンと、いくつかの花束で飾られていた。

「愛さん、怒って帰っちゃったのかぁ」

今日の出来事、タクシーでの愛さんの様子を説明した私に大輝くんはそう言った。それから、でも愛さん、もうすぐホテルに着くから宝ちゃんをよろしく、ってちゃんとLINEしてくれたんだよ、と教えてくれた。

あんなに怒らせたのにそれでも私を気遣ってくれる愛さんに、じわっと目の裏があつくなる。涙をなんとかこらえていると、大輝くんが、乾杯しようよ、とシャンパーニュを開けてくれた。

私が生まれた年のシャンパーニュ。これ愛さんが選んでくれたやつだから、愛さんも一緒にお祝いしてるってことで、と大輝くんが笑う。

28歳おめでとうと言われてひとくち口に含んだものの、それ以上は飲む気にならずグラスを置いた。大輝くんが、雄大さんが来たら愛さんが何に怒っちゃったのか、もう少し事情が分かると思うよ、と言ってくれた。

「喋らないでって言ったよね」

愛さんはそう言った。邪魔をしたとも言われた。ということは私のあの場での発言に問題があったということだ。どの言葉が?思考を巡らせていると雄大さんが到着した。

いつにもまして、苦い顔で部屋に入ってきた雄大さんは、愛さんから電話で事情を聞いたと前置きしてから言った。

「愛には、タケルくんが15歳になったら一緒に住むっていう目標があったんだけど、その目標が、今日で危うくなったかもしれない。だからナーバスになってるって感じかな」

そんな、まさか。

「…それが…私のせいですか?」

私のせいで、愛さんの一番の願いが壊れるなんて、絶対にあってはならないのに。雄大さんは、まあ細かいことはもう少しちゃんと聞かないと何とも言えないけど、と言ってから続けた。

「そもそも何でついて行ったの?宝ちゃんが、あの2人の話し合いに自分が必要というか、役に立つと判断したんならそれが信じられないんだけど。自分の無力さを自覚しないと、他人も自分も傷つけるってこと学んだ方がいいよ。まあ、連れて行っちゃった愛もアホなんだけどさ」

雄大さん口が悪すぎる、そんな言い方はないでしょ、と咎めた大輝くんが、宝ちゃん大丈夫?と心配そうに私を見ている。何か答えなければ、と思いながらも。

― 無力さを自覚しないと。

雄大さんのその言葉が脳内で繰り返され、記憶の奥底にしまい込んでいたはずの痛みが浮かびあがってきてしまった。それは、アオハルと呼ばれた時代のトラウマ。そのトラウマと、宝ちゃんが私の邪魔をした、と言った愛さんの悲しそうな顔が混じり合う。

「なんか…宝ちゃんが傷ついた顔してるけど、傷ついてるのは愛だからね」

雄大さんの言葉に私は我に返った。そうだ、今は遠い記憶の感傷に浸っている場合ではない。ごめんなさいと頭を下げて、私はさらに詳しい事情の説明を雄大さんにお願いした。


▶前回:サイコパスな元夫が強制してきた、一人息子の海外留学。28歳女が思わず口にしたコト

▶1話目はこちら:27歳の総合職女子。武蔵小金井から、港区西麻布に引っ越した理由とは…

次回は、4月20日 土曜更新予定!

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この記事へのコメント

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No Name
雄大、傷口に塩塗ってくるなぁ今日は。 愛さん&タケルくんも心配だけど宝ちゃんもかなり落ち込んじゃってるよねぇ🥺🥺
2024/04/13 05:5449
No Name
あんなクソじじいに何言っても無駄だとは思うけど、10歳の子の前だし宝が色々と言ってしまった気持ちも分かる。愛さん作戦あるとはいえサイコパスの前で萎縮し過ぎ!
2024/04/13 05:5047返信1件
No Name
「なんか…宝ちゃんが傷ついた顔してるけど、傷ついてるのは愛だからね」という雄大さんの言葉、「宝ちゃんのチープな正義感は…」という愛さんの言葉、心に突き刺さりました。
自分では良かれと思ってしたことが、相手を傷つけること、この日常に溢れていますよね。自分も気をつけなければと思いました…
2024/04/13 07:2447
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