2024.04.13
アオハルなんて甘すぎる Vol.11頭を下げた愛さんに驚いた。愛さんは悪くない。携帯を渡したことは契約違反だったのかもしれないけれど、1ヶ月に1度しか会えないわが子に頼られたなら、親なら誰しも我が子を救える術を探すはずで、その感情をわかろうとしない父親が存在することに憤る。
そして、その“わかろうとしない父親”は言った。
「タケル、お前の母は、もうこの人じゃない」
タケルくんが顔を上げた。その視線が母を、父をさまよう。
「今一緒に住んで、お前の面倒を見てくれている人にきちんと感謝しなさい。愛、お前がこの子に執着するせいで、この子は今の母親に感謝ができないでいる。タケル、お前ももういい加減に自覚しなさい。この人は、これからのお前の人生には必要ない人だ」
愛さんは黙ったままだった。ひどい言葉は加速するのに愛さんの沈黙の時間が続けば続く程、私の怒りは増幅してくような気がした。愛さんはこんなことを言われていい人じゃない。そしてタケルくんも、こんなことを言われて我慢する必要はない。そう思うと、もう耐えられなかった。
「…愛さんに謝ってください。タケルくんにも謝ってください」
愛さんが顔を上げ、タケフミさんが私を見た。
「タケルくんと暮らす未来を夢見て頑張っている愛さんを、母親じゃないって言ったこと、謝って撤回してください」
「…宝ちゃん!」
「…なるほど?……愛はタケルと暮らしたいのか?」
「息子と暮らしたくない母親がいると思いますか?…タケルくんにも謝ってください。タケルくんのお母さんのことを必要ないと言ったことを」
タケルくんが驚いたようにこちらを見たかと思うと、その大きな瞳に涙が浮かびあがり、瞬きと共にこぼれた。慌てたように目をこすってごまかす仕草に、私までもらい泣きしそうになったけれどぐっとこらえる。
「…私が部外者で事情だってよく理解していないのは承知しています。でも、両親のケンカというか…大人の都合をタケルくんに押し付けるのはあまりにひどいし、大人の勝手で見ていられません。普通は…子どもの前でする話ではありません」
「…宝ちゃん、もう黙って」
私を止めた愛さんを一瞥もせず、タケフミさんは言った。
「宝さん、タケルは選ばれた子なんですよ。あなたが言う普通とは違う」
タケフミさんの顔にもう笑顔はなかった。
「タケルは将来、何万人といる従業員の生活や事業を守っていかなければならない。日本や世界を動かす立場になるためには強くならなければならない。これくらいのことが辛いと思う精神ではダメです。実の母親であろうと、必要なければ切る。そうでなければ…」
「切るとか言っちゃダメです。母親を切るとかそんなこと、絶対に…」
― 子どもに聞かせたらだめだ。
私に言葉を遮られたタケフミさんが気分を害した目で睨んでくる。でも怖くはなかった。私はただタケルくんが心配だった。うつむいたままのタケルくんの表情は見えないけれど、胸が痛んでもう一度言った。
「大人はともかく、まずはタケルくんの気持ちを一番大切に…」
「…帰らせてください。宝ちゃん、行くよ」
愛さんが勢いよく立ち上がって、今度は私の言葉が遮られた。愛さんはその勢いのままタケルくんに歩み寄り、目線を合わせてぎゅうっと抱きしめた。
「愛、やめろ」
タケフミさんが止めるのも聞かず、抱擁はしばらく続いた。それは今日唯一というべき、愛さんがタケフミさんに歯向かった瞬間だった。愛さんはタケフミさんからは死角になるタケルくんの耳元で何かをささやいたけれど、その言葉は私にも聞こえなかった。
「愛、話は終わっていない。今帰ることはお前にとっても不利になると思わないか?それに…」
タケフミさんが立ち上がり、タケルくんを愛さんから引きはがした。そして言った。
「私は危険の芽はどんなに小さくても摘むよ。勝負は勝たねば意味がないからね」
愛さんは、またご連絡します、とだけつぶやき私の手を引くと、一度も振り返らないまま外に出た。私が最後に見たのは、いつまでもこちらを見ていた、タケルくんのその表情だった。
自分では良かれと思ってしたことが、相手を傷つけること、この日常に溢れていますよね。自分も気をつけなければと思いました…
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