変わりゆく東京、進化するグルメ 「東京美食エリアガイド」 Vol.9

『神楽坂』
花街の名和食とバー

花街、学生街、オフィス街、住宅街。
あらゆる人が集まる多くの要素を持つ神楽坂には、
路地裏までを使いこなすためのコツがある。

コハク

虎白

街から栄養を得て、街に輝きをもたらす店でお客は美味と街を知る。

「『石かわ』が開いてからずっと、神楽坂に住んでいるんですよ」

師匠・石川秀樹氏が2003年に神楽坂に『石かわ』を開き、早7年。『石かわ』の毘沙門天裏への移転を機に、’08年に同地に開業する『虎白』を任された小泉功二氏は、この街を第二の故郷と呼ぶ。

横浜の実家を出て、物置兼寮となった『石かわ』2階で寝起きした。階段ひとつで即、仕事場。ちょっとした買い物は近所の商店にひとっ走り。夜ともなれば風呂は店裏にある『熱海湯』へ。店が神楽坂に根付くのと時を同じくして、小泉氏もまたこの街にとっぷりと馴染んだ。店2階を出た後も、徒歩圏内に部屋を借り、今もやはり神楽坂は「地元」である。

『虎白』はビル建て替えに伴い、約1年の休業期間をおいた。以前より約倍になった床面積に、ゆったりと24席を配置。日本料理をベースに、トリュフやチーズ、バター、フカヒレなど、世界の味を巧みに取り入れる手法は従来通りだが、新しい舞台を得て余勢は増した。どの皿にも、くっきりした輪郭の太い味わいが潜む。

「わかりやすく言えば『創作』。だが基礎が崩れない限り、日本料理に変わりはありません」
その味を求めるお客は、神楽坂に集う客層と被る30代半ばから50代が中心。『虎白』の味を堪能したお客から、2軒目の店を尋ねられることもしばしばだ。そんな時は自らがスタッフたちと出向き、期待に沿うバーを提案する。ちゃんと、街を歩いている証。お客も気付いているのだ、それを。

「『石かわ』開業時から神楽坂に溶け込むことを目指しました。挨拶はもちろん、ご近所付き合いを大切にするのも当たり前のこと」

店の番傘は『助六』の特注品、お土産用の和菓子は『五十鈴』、店に飾る花木は『小路苑』……。新旧織りまぜながら街の息吹を店に取り込み、共に生きる。そのしなやかな強さが『虎白』の力の源なのかもしれない。

「今度はジビエを使ってみたい。猪やうさぎあたりを、ね」

その言葉に驚くスタッフを横目に笑う、小泉氏。ああやはりここには、吸収と咀嚼の力がある。

アタラクシア

理詰めの酒、ウィットに富む会話、真の大人の人生塾たる花街のバー。

アルコールにまかせて肩の力を抜き、オーバーワークした頭をほぐすだけがリラックスではない。読書やパズルに集中するように、仕事と違う思考を巡らすことで得る寛ぎもある。哲学があり、感性が注がれた酒に感化され、覚醒していく感覚。ここはそんなバーだ。

十数年に渡り、神楽坂の夜を見続けてきたオーナーバーテンダーの木内壮一氏。この街のバーはどこも個性的だが、同業者が火花を散らすことはない。客同士横のつながりも太く、「だから我々も、お客様の会話に混ぜてもらう。初めて来店された方は、疎外感を覚えるかも知れない。そんな時はバーテンダーが仲介して、仲立ちするんです」と、木内氏は言う。

鮨屋のように「今日のおすすめは?」と聞かれるほど、旬のフルーツカクテルは定着している。みずみずしい自然な甘さを生かすのが身上だ。

昨年は"いちごとわさび"という、賛否が割れた1杯も登場した。スタンダードカクテルならアルコールを強く立たせ、甘みでボディを膨らませる。こちらはそつなくこなしているように見えて「褒められれば素直に嬉しい」。モルトなら割り水を添えて、好みの飲み方を深らせ、味の変化を楽しませる巧者ぶり。客の嗜好と気分を踏まえた上でだが、オリジナリティある理詰めの1杯は、調和が図れていて安定感がある。

付き合いの長い空間デザイナー・佐藤琢磨氏による内装は「30年経っても色褪せない」と見越す。

神楽坂で名を上げた和食の後は、バーだ。理屈じゃない。注ぐだけでない、自分のために作られた酒は格別だ。グラスを傾ける余裕があるか。旨さがわかるか。バーが似合うように歳を経たか。そう自問するのもいい。いや、すべきだ。覇気のない、今の男ほど。


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