2024.04.06
アオハルなんて甘すぎる Vol.10そう言ってタケフミさんがポケットから何かを取り出し、テーブルの上に置いた。それは、携帯電話だった。愛さんが固まっている。
「オレがあの子に与えた携帯でお前に連絡をとれば、全部バレてしまうからな。だからもう1台買い与えるとは。バカ正直が取り柄のお前が、そんな姑息なことをするとは思っていなかったから油断してたよ」
愛さんは黙ったままで否定をしない。ということは、彼が言っていることが本当なのだろうが、バカ正直とか姑息とか、いちいち失礼過ぎて、嫌な奴レベルがどんどん上がっていく。
「あの子もうまく隠してたよ。お前が買ってくれたものだから、よっぽど大切だったんだな。もう3ヶ月くらいか?でも所詮子どもだ。隠し事には限界がある。見つけてから、この携帯の履歴を全て調べさせてもらったんだが」
「…」
「愛。お前、先月、決められた日以外にもあの子に会ったな?」
― あ。これはマズイ気がする。
誰か助けて、と思わず雄大さんの顔が浮かんで、私は自分の体の横に置いていた携帯を、そっと手に取った。タケフミさんも愛さんもそんな私を気にする様子はなかったけれど…今連絡したところでどうなるの…と思い直し、携帯を元の場所に戻す。
「お前のその感情的な愚かさが結果的に、いつも自分の首をしめる。わかってるだろ?」
「…携帯を渡したのはすみません。ただあの子を取り戻すためにとか…そんな狙いのようなものはありません。半年前に会った時に、海外に行きたくないと…あの子に相談されて。話せる相手がいないと悩んでいたので、それで…」
「契約違反だ」
「…でも。私の思いで海外に行くなと言ったことはありません。それは携帯でのやりとりを見てもらえればわかるはずです。ただあなたにどう話すのがいいのか、悩んだ時に相談にのっていただけで…」
真摯に言葉を選ぶ愛さんの様子にウソがあるとは思えない。でも、タケフミさんの表情は冷たく黙ったままだ。今、何の役にも立てていない自分じゃなくて、雄大さんや大輝くんがついてきていたら何かを変えられたかもしれないと思うと、情けなくなってきた。
― まさかこんなことになるなんて。
私が表参道の愛さんのサロンに到着したのは、今から4時間前のことだった。
◆
「バースデーツアーの開始は15時だから…」
それまでに全身ピカピカにしてあげる、ヘアメイクもね、という連絡を数日前に愛さんからもらい、私は表参道にある愛さんのサロンに午前10時に行く約束をした。
私は自分の家…西麻布から表参道の骨董通りまでって歩けるんだぁなんてのんきに浮かれながら、骨董通りから一本入った通りに建つビンテージマンションにあるという、愛さんのサロンを目指した。
愛さんのサロンは、体質や肌質に合わせてオーガニックオイルの調合を変える、オイルマッサージによる全身トリートメントと骨格矯正を組み合わせたもので、普段は愛さんの他に2人のセラピストがいるらしい。
隣同士の2部屋を借りていて、1部屋はエステ、そしてもう1部屋はネイルサロン。愛さんに体を磨き上げてもらった後、ネイルサロンへ移動した。
会社には派手なネイルでは行けない…という私のためにと、ジェルネイルではなくマニキュアを。ボルドーのネイルに少しだけビジュ―を付けてもらい、明日の月曜日に剥がしてしまうのがもったいないなと残念に思った。
ネイルが乾くまでの間にヘアメイクをと、私のボブの髪を、マニッシュにタイトにまとめてくれた。
ドレスアップは、HARUNOBUMURATAの黒のセットアップに、足元は、ロジェ ヴィヴィエ、ベビーピンクの7cmヒール。今回は、セットアップもヒールも愛さんからの借り物だけど、近々愛さんが私の買い物に付き合ってくれるらしい。
鏡の中の自分は文字通り、“見たことのない自分”だった。宝ちゃんはシュッとした顔立ちだからこういうマニッシュな雰囲気似合うよね、と自分の腕に満足げな愛さんを見ていると私も嬉しくなり、誕生日にこんなにワクワクするのはいつぶりだろうと思った。
「思ったより早く仕上がったから、コーヒーでも飲みに行こう」
大輝くんが迎えに来てくれるという時間まで、あと1時間程あった。近くにコーヒーの美味しい店が…あ、でももうシャンパン飲んじゃってもいいかぁなどと悩んだ愛さんが、とりあえず骨董通りまで出てタクシーを捕まえよう、と言った。
ヒールを履きなれない私の足元はおぼつかず、そんな私を笑いながら、愛さんが腕を組んで歩いてくれた。そして骨董通りまで出たところで、愛、という声がして、呼び止められたのだ。
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