報われない男 Vol.7

「22時までに弘前のさくらまつりへ行きたい」青森への出張中に上司を先に帰らせ、意中の彼女と…

美里は絶句し、大輝をにらんだ。

「それにオレ、自己意識を強引に正当化したり、過大評価する人って、苦手なんだよね。だから美里ちゃんと友達になるのは厳しいかも」

「……じゃあ、大輝さんは自分を正当化したくないの?悪役だって自覚してるの?……好きでしょ?手に入れたいでしょ?奪いたいでしょ?…キョウ……彼女を崇さんから」

語気は荒いが小声を保つ美里のことを、大輝は、心から悪役になりきれない人なのかもしれないと思った。先ほどから何度も京子の名前を出さないように意識しているようだし、それは“キョウコ先生”のこの大学での立場を考えての小声なのだろう。

「好きだよ。気持ちも伝えたし。でも、奪いたいとは思わない」

じゃあ何なの!と苛立ちを含んだ声になった美里に大輝がほほ笑む。

「彼女を笑わせたいし、居心地のいい場所を作りたい。それから……彼女を傷つける全てのものから守りたい」
「……何それ。キレイごとすぎてムカつきすぎるんですけど。クソつまらん純愛ドラマかよ」
「オレって、ロマンティストなの」

そう言ってふざけた大輝がウィンクをすると、キャッというピンクの声があがった。つかず離れずの位置にいる“大輝ファンクラブ”の誰かが反応したようだったが、美里は、キモッと、吐き捨て、うんざりした顔で大輝をもう一度にらんだ。


「まあ、そりゃあ、セックスだってできたらいいけど、まだまだ片思いっぽいしなぁ」

LINEだって既読スルーのままだし、と大輝は溜息をついてから続けた。

「連絡先交換しとこうか」

「……は?アンタさっき友達になるのは厳しいって…」

「ひどい、アンタ呼ばわりされちゃった。でもいいね、その方が素っぽくてオレは好き」

そう言って大輝はにっこりとほほ笑み、これオレのID、と携帯を美里の方に差し出した。

「さっき言ったでしょ。彼女を傷つけるものから守りたいって。今一番危険なのは美里ちゃんだし、監視するには連絡先が必要でしょ。美里ちゃんが辛くなったらオレが話を聞くから、これ以上あの人を直接攻撃するのやめてくれない?」

呆気にとられる美里を気にせず、大輝は、あ、ヤバい遅れる、と腕時計をみて、はやくIDのQRコードをスキャンするようにと美里をせっつく。ボーっとした美里が大輝に言われるがままに、コードを読み込むと、ありがと、と立ち上がり続けた。

「美里ちゃんがどんな理屈を立てたとしても、結婚している人と恋愛することは、今の世の中では不倫と呼ばれる。それは悪い事で、人の道に外れた行為としてバッシングされるのが現実でしょ。

自分だけならまだしも、好きな人を世間の悪意にさらすのって怖くない?……とすれば、そもそも、その思いは報われちゃダメというか…相手を守れるなら報われなくてもよくない?日の当たる場所にでちゃダメな恋なんじゃないの?」

まあ、好きな気持ちは止められないのはよくわかるけどね、とほほ笑みを残して去っていく大輝を、美里は唇を噛みしめながら、しばらく立ち上がることができずに見送った。

この記事へのコメント

Pencilコメントする
No Name
大輝の性格の良さが伝わってきた。
2024/03/30 06:2039
No Name
長坂、調子に乗り過ぎてて腹立たしい。 最後はしっかりとお灸を据えられる展開であって欲しいね。
2024/03/30 06:1934返信2件
No Name
大輝に恋を教わったら、キョウコは無敵の脚本家になれそう。1人の女性・京子としても成長するだろうね。それを崇とやれていないのは情けないけど。
2024/03/30 05:5028
もっと見る ( 8 件 )

【報われない男】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo