2024.03.02
アオハルなんて甘すぎる Vol.6「…は?」
「雄大さん、宝ちゃんが質問してるよ?答えてあげなよ」
「大輝…笑ってんじゃねえよ」
雄大さんの大きなため息(しかも2回)は私を硬直させるには十分だった。
「…ちょっとその…あの、ごめ…」
ごめんなさいと言いかけて、あ、簡単に謝っちゃダメだった。いや、でも今は謝るべき時なのかと正解の言葉を探しているうちに、雄大さんが言った。
「意外に詮索したい人なんだね、宝ちゃんって」
― うう、ごめんなさい。そんなつもりは…。
「宝ちゃんナイスだよ。俺も聞きたいもん。そういえばちゃんと聞いたことないよね、雄大さんからは」
「…大輝お前、実は結構酔っぱらってるだろ」
恋バナ大好きだもん、とフワフワと笑う大輝くんの様子は確かにいつもと違う気がする。愛のペースに合わせて飲むなよとため息をついた雄大さんは、ワインの空き瓶を2本、3本と片付けたあと、お前はもう寝なさいと大輝くんを部屋に無理やり連れて行った。
スーッ、スーッと愛さんの寝息が、1人になったリビングに規則正しく響いている。
― 今のうちに逃げる?
このまま部屋に戻って、無かったことに?でも、黙っていなくなるのも失礼だよね…と迷っているうちに、気がついたら遠くで聞こえていた大輝くんの笑い声がおさまっていて、雄大さんが戻ってきてしまった。
「さて」
「…さて?」
「オレと愛が…ラブ?な関係なのかどうかだっけ?」
「…」
めんどくさ…とつぶやいた雄大さんは、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、ダイニングテーブルの椅子に座り私に手招きをした。逃げるわけにもいかず、私は寝ている愛さんを起こさぬよう、そのソファの横を通り過ぎ、雄大さんの正面に座る。
「そもそも、ラブな関係って表現、かなりダサくない?」
「…確かに。でも違うんです!」
「…何が違うの?」
「いや、違わないんですけど…その…さっきのブランケットの掛け方とか、2人のコミュニケーションがなんか親密…というか色っぽく見えることが何度かあって…それで、ラブな関係、なんて陳腐な発想になってしまいまして…」
自分でもわかる程しどろもどろになった私に、雄大さんは、例えばいつのこと?と聞いた。もう正直に吐き出すしかない。
初対面の日の、愛さんの体の預け方、その体を抱いた雄大さんの受け止め方がなんとも色っぽくてドキドキしたから…と言うと、雄大さんは水を飲みながら呆れた笑い…いわゆる鼻で笑うってやつをして、それだけ?と言った。
「…違い、ました…?」
「それだけ見てそう思ったなら、鋭いね」
「…え?」
「もう、これ以上色々詮索されるのも面倒だからいいや」
「…」
「オレと愛は、最初は男女の関係でした。つまり付き合ってた…かな」
「ウソ!?」
「なに、これが聞きたかったんじゃないの?」
聞きたかった。でもこんなにあっさり答えてもらえるとは。
「始まりは男と女。で、今は完全なる友情。ってことでOK?」
「いや、OKというか…」
「ま、納得できなくても、もう話すことないので」
そう言うと立ち上がり、リビングを出て行こうとした雄大さんがちらりと愛さんの方を見た。そして小さなため息をつき、こんなに寝相悪かったっけ…?とつぶやきながら、愛さんに近づいた。そしてそのブランケットをもう一度直すと、部屋を出て行った。
◆
翌朝。私が起きた時には、すでに雄大さんはいなかった。
ロンドンに寄って日本に帰るという雄大さんは、早くにアパルトマンを出たらしい。私たち…残りの3人は今日の夕方にシャルル・ド・ゴール空港を発つ同じ便で日本に戻ることになっていた。
それまで買い物をしようということになり、愛さんと大輝くんは、ケンカをしたことなどまるで存在しなかったように、私をどこに連れて行くのがよいかを話し合ってくれている。
まずはアパルトマンの近くにある、日本人マダムが経営するというチーズのお店へ。200種類以上の様々なチーズの中から、私は試食して気に入った柚子入りのクリームチーズと唐辛子が練りこまれたハードチーズを、真空パックにしてもらった。
次は、日本でも人気の高いハンドメイドの陶器ブランド、Astier de Villatteへ。友香のおすすめリストにも載っていた店。その後老舗デパートのギャラリーラファイエットに向かった。
巨大なステンドグラスの丸天井が美しくて見惚れる。食品売り場で2人に勧めてもらったチョコレートをいくつかお土産用に買い、パリの街が一望できる屋上へ行き、3人で写真を撮った。
「じゃあ、次は私に付き合って!」
そう言った愛さんがパリに来ると必ず行くという場所…それはランジェリーショップだった。中でもお気に入りだという3軒を回ったのだけれど、手頃な日本ブランドを愛用している私にとっては全く異次元の、下着とは思えない値段の店ばかりだった。
「愛さんにとって、自分への最高のご褒美はランジェリーなんだって」
そう教えてくれたのが大輝くんだったものだから、私は無駄にドキドキしてしまった。その上、大輝くんはさも当然のごとく色っぽい店内に同行し、商品を手にとり、店員と談笑したりしている。
― こんなに堂々と…下着の店をエンジョイできる男の子っているんだ。
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