2024.02.17
報われない男 Vol.2京子の元に手紙が届けられたその日、撮影が予定より早く終わったから、今日は外食しない?と連絡をしてきた崇に、京子は話したいことがあるから早く帰ってきてほしい、と告げた。
崇は急いで帰ってきた。コートを脱ぎ、それをキッチンカウンターのハイチェアにかけながら、なんかあったの?と心配そうに尋ねる崇に封筒を渡す。
「これ、事務所に届いたらしいの」
キョウちゃん宛てじゃん。見て良いの?と言いながら封筒の中から便箋を取り出し広げると、その表情が険しくなった。黙ったまま手紙を見つめている。
― もしかして、やっぱりストーカーとか?
「崇、大丈夫?…もしかして、なんか困ってた?」
ずっと悩んでいたのかと思い、京子が崇の肩に手をかけようとしたとき、ごめんっ!と崇が頭を下げた。
「…え…?どうしたの?」
「ごめん、オレ…ごめん」
京子が想像していたどの反応とも違う。ごめん、ってどういうこと?と聞きながら、京子はまさかの問いを続けた。
「…まさか…そこに書いてあること、本当のことなの…?」
「全部が…本当ではない」
「じゃあ、どういうこと?」
「…関係は持った。でもオレは、美里ちゃんとの子どもを欲しいと言ったことは一度もない」
「…関係は持った……?」
「でもオレは、キョウちゃんが好きだよ。世界中の誰より大事だし、一番守りたい人」
この人は何を言っているのか。激しい熱がぐるぐると体をめぐり、自分の鼓動が大きく耳の奥から響いてくる。ふらつきそうになったけれど、何とか耐えて、冷たくなる指先を握りしめてから言った。
「…ちょっと待って。ちょっと…整理させて。カドくんは、美里ちゃん、っていう女の子と……肉体関係を持った?」
崇がうなだれるようにうなずいた。
「…いつから?」
「…一年前くらい…から」
京子は立っていられなくなり、カウンターキッチンにもたれかかり脱力した。
「つまり、浮気…不倫、よね?から、ってことは…今も続いてるの?」
崇は答えなかった。そして長い沈黙の後、言った。
「…オレの1番がキョウちゃんっていうのは、ずっと変わらない。それは絶対に」
「美里ちゃんともセックスがしたい、でも1番は私、そういうことなの?」
目を逸らしたら、2度と崇を見れなくなりそうで…京子はその場から逃げたくなる気持ちを抑えて、必死で崇をにらんだ。
また、長い沈黙があった。その沈黙を破ったのは、崇だった。
「何と言われても、キョウちゃんが1番だよ。オレにはキョウちゃんが1番大事」
呆然と言葉を失くした京子を悲しそうに見つめた後、今日はホテルに泊まるね、と崇は部屋を出て行った。玄関のドアが閉まる音が、やけに大きく、京子の耳に響いた。
次の日も、その次の日も、崇は帰ってこなかった。さりげなくマネージャーに探りを入れると、どうやら仕事はこなしているらしい。
その間、体調が悪いといくつかの打ち合わせをキャンセルした京子だが、崇の告白の2日後にはどうしても逃げられないスケジュールがあり、出かけるはめになった。
向かったのは京子が卒業した、出身校である大学。京子はこの大学の文学部で、2年前から特別講義を受け持っていた。話すことも得意ではないし、講義なんて無理だと1度は断ったのだが、恩師から何度も頼みこまれて、少人数なら、と渋々OKした。
京子の授業はあくまでも特別講義で、単位としてはカウントされない。恩師の意向もあり、脚本や小説を書きたい人への実践的な授業となり、2ヶ月に1度は作品提出が必須という負荷もかかるため、希望者は毎年10名程、とそう多くはなかった。
それでも、月に2度の講義は、学生からの評判がよく、京子にとっても楽しいものになりつつあったのだが。
「門倉先生!」
「…おはようございます。友坂くん」
「大輝って呼んで欲しいなぁ」
京子に並んで廊下を歩きだしたのは、友坂大輝。2年前から京子の講義を受け続けている生徒で、今月…この4月から、3年目の受講となる。
定期的に京子に自分の作品を添削してもらえるとあって、3年連続の受講生は彼だけではないのだが…大輝は、すでに昨年大学を卒業したにもかかわらず、京子の恩師である教授に頼み、恩師の雑用係もするという条件で、特別にこの講義を受けに来ているのだ。
そして…京子は、彼が自分にわかりやすく好意を向けてくることに困惑していた。
誰もが振り返る美男子で、いつも華やかな女子学生に囲まれている彼が、一体なぜ、京子を見つけると駆け寄ってくるのか、断っても断っても、ランチに誘い続けてくるのか、さっぱり理解できずにいた。
とはいえ、授業となれば真面目に誰よりも真面目に学ぶので邪険にもしきれない。大輝の夢は脚本家らしく、添削してほしい、と言われて読んだショートムービーの脚本は、高校生の純愛もので、なかなかに面白いものだった。
「先生、今日の昼、一緒に学食にいきませんか?」
「いきません。私はここに生徒と遊びに来ているわけではないので」
「…じゃあ、放課後に特別講義を…」
大輝を無視して教室に入り、すぐに生徒の出欠をとった。大輝もそれ以上しつこくからむことなく、自分の席に座った。
ところが。
この日の夜。京子が想像もしていなかった形で…大輝との関係が始まることになる。
▶前回:24歳の美男子が溺れた、34歳の人妻。ベッドで腕の中に彼女を入れるだけで幸せで…
次回は、2月24日 土曜更新予定!
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