今日のつらさは、仕事か。それとも…家庭のことか。ドラマや映画の脚本家、という仕事が孤独なものだ、ということを、大輝はキョウコを通して知ったし、子どものいない家庭で、テレビディレクターの夫との関係が冷め切っていることも知っている。
「…最近、眠れてなくて。一緒に寝てくれる?」
「OK。じゃあ、着替えたら?その素敵なワンピース、しわくちゃにしたくないでしょ」
「そうね、大切なワンピースだから」
2人同時に、去年の夏の日のことを思い出して笑った。
それは、キョウコの34歳の誕生日の翌日。初めて2人で買い物に行き、大輝がプレゼントとしたのが、キョウコが今着ている、ジルサンダーのワンピース。
170cmの長身で、普段はマニッシュなパンツルックを好むキョウコに似合うワンピースを、と大輝が選んだもので、大輝からの初めてのプレゼントだった…のに、支払いの段階になった時、店員は、当然のようにキョウコに請求した。
オレが払うんです、と慌ててカードを出した大輝に店員が驚いた顔をした。店を出た後、絶対ヒモだと思われてた…と落ち込む大輝を、キョウコが笑いながら慰めた、というところまでが、未だに2人のネタになっている。
― 次の誕生日も一緒に祝えるといいけど。
ホテルのパジャマに着替えたキョウコを、ベッドで抱きしめながら、そんなこと思う。
「キョウコさん、何時に起きればいいの?」
「…7時に家につけばいいから、6時、かな」
「じゃあ、あと3時間はあるね、寝れそ?」
「とりあえず、目閉じてみる」
「うん、お休み。時間になったら起こす」
ありがと、とつぶやいたキョウコの背中を撫でているうちに、呼吸が規則正しい音に変わった。キョウコさん?とささやいてみても返事がない。眠れたんだ、と安心すると同時に、その寝顔に胸が締め付けられる。
― あー。やっぱ、好き。すげぇ好き。
爆発しそうな愛おしさで狂いそうだ。揺り起こしてめちゃくちゃに抱いてしまいたい。そんな欲情を必死に抑えながら、携帯のアラームを6時に合わせる。
他の男が待つ家に帰すためのアラーム。彼女が他の男のものであることを思い知らされる行為でもあるのに。この3時間は自分の腕の中にいてくれる、と思えば苦しいより幸せが勝ってしまう。
「大ちゃんどうしちゃったんだよ?今までの彼女と何が違うの?」
当初、キョウコとの関係に反対していた勇太はそう言っていた。大輝は、自分でもどうしちゃったんだろう、と思う。
「どんなにキレイごと言っても、しょせんただの不倫で、大輝はただの愛人でしょ?その女、口で言ってるだけで、絶対離婚なんかしないよ?結婚っていう安定した仕組みに守られつつ、キレイな男の子とも遊びたい。ただの強欲な女だよ」
キョウコと同じ歳の女性の友人にはそう叱られて、ケンカになった。大輝にも、わかっている。自分の思いは…ずっと片思いで、キョウコが本当に離婚できるのか、それが確実ではないことを。でも。
不倫、愛人、何と呼ばれてもかまわない。ただ一緒にいられるなら。
そんなキョウコとの出会いは、3年前。大輝の大学で、OBであるキョウコが特別講師として授業をしたことがきっかけだった。
脚本家を目指していた大輝が、自分の作品をキョウコに見てもらい、同じ時間を過ごしていくうちに、キョウコの人柄、そして孤独を知り…恋に落ちた。
そして去年の春。キョウコの夫の浮気が発覚したことがきっかけとなり、大輝の熱がキョウコの隙間に入り込んだ。そして、2人の関係が始まったのだ。
▶NEXT:2月17日 土曜更新予定
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