勇太は溜め息をつき、ホンっと大ちゃんって、面倒くさくて不器用なオトコよねぇ…いやになっちゃうっ!と、またふざけた口調に戻った。
「これ以上告白されないために、わざとエグイこと言うとか、女子の間で最低な男、って噂になりたいとか、モテる男のうぬぼれって感じで、ホントむかつくんですけどぉ~?」
「…」
「でも、結果、作戦失敗してるのがウケるぅ~。ってことは人妻なら可能性あるの?っていう人妻ちゃんたちがワラワラ寄ってきちゃって、結局困ってる大ちゃんがバカ過ぎてウケる~」
「…」
「ウケるけど、何してもモテるって、マジでムカつくぅ~」
無視しないでくださぁーいっと勇太に顔を覗き込まれた大輝は、思わず笑ってしまう。
実は、勇太は大輝の恋の相手を知る、数少ない友人の1人でもある。
今の大輝が、人妻にしかタタナイ、のは本当のこと。ただし、人妻が好きという性癖なわけではない。ずっと…ある人妻に恋をしているのだ。
「で?会えてんの?あの人と?」
「…しばらく会えてないし、次も未定」
「しばらく、ってどれくらい?」
「3週間くらいかな」
「…じゃあ今夜も暇だねぇ。ここ終わったらSneet行こうぜ」
「今日、俺ら、ラストまでだろ」
「ラストだから何?そのための眠らない街でしょうが。ハイ決まり。今日はとことん飲む!朝まで飲み明かす!」
んじゃ、大ちゃんラストナイト、あと3時間気合いれていこうぜぇ~!と雄叫びをあげながら、勇太は爆音のフロアに戻っていった。この店のラストは2時。片づけをしたら3時を回るのに。
Sneetは、西麻布にある老舗といえるBar。表向きの閉店時間は2時。でも常連は明るくなる時間までいることを許されてしまう、という店で。
飲み始めたら止まらない酒豪の勇太に付き合うのはつらいのだが。大輝が吐き出せずにいる痛みを、気づかないふりで笑い飛ばしてくれる勇太のいつもの軽さに、今日もそっと感謝した。
『14時からの打ち合わせがなくなって、夜まで時間が空いたんだけど…。会えないかなって。でも、無理はしないでね。いつも急でごめん』
というLINEに飛び起きた。時計をみると13時を少し回ったところだった。
急いで『会えるよ』と返信したものの、いつも使っている自分の部屋には、いびきをかきつつ、すやすやと勇太が寝ている。
朝6時近くまで飲んで、飲み潰れた勇太を追い出すのもなぁ…と、今日は家がダメだ、と伝えると、ホテルにしよう、と返信がきた。急いでシャワーを浴びて家を出る。
指定されたのは、虎ノ門ヒルズのアンダーズ。大輝が家族でもよく使うホテルで、馴染みのスタッフに会ったときの言い訳を考えながら、足早にフロントを通り過ぎ、指定された部屋に急いだ。
ベルを鳴らすと、はぁい、と声がして、ドアがあく。
「会いたかった」
ドアが閉まるのも待ちきれず、その華奢な体を引き寄せ、抱きしめた大輝に、苦しいよ、とキョウコは笑った。
門倉キョウコ。大輝の愛しい人。
私も会いたかった、が欲しくて、抱きしめる腕に力を込めたけれど、どうしたの?何かあった?と言われただけ。何にもないよ、と腕を緩めると、コーヒ―入れてたの、飲む?とすり抜けていった。
3週間会えず、電話もLINEも交わしていないのに。淡々と無邪気に、元気だった?仕事変わるんだっけ?なんて、どうでもいい質問ばかりのキョウコに、大輝は、いつものこと、と思いながらも悔しくなってしまう。
自分ばかり焦がれていたようで、でも子どもだと思われたくもなくて笑顔を作る。キョウコの質問に誠実に答えながら、コーヒーを受け取った。
高層階の部屋の窓からは、東京タワーが見える。窓際のソファに並んでコーヒーを飲みながら、しばらくたわいもない話をする。そうしてキョウコの表情がほどけてきた頃、大輝はいつもの質問をした。
「キョウコさん」
「ん?」
「今日は、する?」
「しなくても、いい?」
「もちろん」
大輝はコーヒーカップをテーブルに置き、キョウコの手を取る。薬指に指輪がはまった左手を。大輝は知っている。キョウコが自分に連絡してくるのは、何かつらいことがあった時だけだということを。
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