2024.02.03
アオハルなんて甘すぎる Vol.2そして、大輝くんの予言通りに、というべきか。
翌日。土曜日の午後1時ごろ。引っ越しとともに新調したベッドが部屋に届いたタイミングで大輝くんからLINEが来た。
『愛さんとLINEつなげてもいい?』
承諾すると、すぐに愛さんから「お詫びをしたい」というLINEが来た。「お詫びをされるほどのことはなかったです」と返したけれど「会いたいから会おう」と言われ、その日の夕食をともにすることになった。
日本酒大丈夫かな?と聞かれた後に、送られてきたのは、最近西麻布にできたばかりだという店のURL。送られてきた店の名前を検索すると、日本酒と料理の独創的なペアリングが話題で、オーナーは日本酒業界ではよく知られた存在だと書かれていた。
― オーナーさん、30代の女性なんだ。
西麻布といえば“お金持ちのおじさんたちの街”というイメージが強かったので、若い女性がレストランのオーナーというだけで興味深い。
ほぼ初対面の人(しかも相当な酔っ払いだった人)と2人きりで食事、というのは緊張するし怖い。けれど「人生を変えたい」と引っ越してきたこの街で、せっかく新たな人や世界と交われているのだから、と自分を奮起する。
― 友香、ありがとね!
親友がいるパリの方角(とりあえず西)に、手を合わせてみる。
「物件探し、もちろん手伝うけど、変わりたいなら引っ越すだけじゃダメ。今までとは違う行動をしなきゃ。人見知りなんて言ってないで、当分の間、誘いは断らないことをオススメする」
いつになく真顔だった親友の言葉を思い出し「人見知り禁止」と復唱する。私にとってここ一番の勝負服、去年のボーナスで悩みに悩んで、友香に勧められて買ったMame Kurogouchiのワンピースを選んだ。
毎月の給料は手取りで、33~34万の間。仕事は外資系製薬会社の経理部で、営業部の人たちと違って、今後私の給料が飛躍的に上がることはきっとない。入社以来貯金してきた金額は800万円。派手に使うことはなく、堅実に貯めてきたタイプだと思う。
この西麻布で人生を変えるために使う費用は、そこから(なるべく)ケチらずに、捻出するつもりだ。
愛さんに「名刺を持ってきてね」と言われたので、バッグの中をもう一度確認してから家を出る。その店は、西麻布の交差点から広尾駅の方へ、5分ほど歩いた路地裏にあった。
待ち合わせ時間の5分前に着いたのに、愛さんは既に店内にいた。会釈して、緊張しながら近づくと、「昨日はホントにごめんなさい!」と挨拶よりも先に謝られた。
「御堂(みどう)愛です」という自己紹介も、黒いシャツにジャケットという服装も、しっとりと上品。昨夜の暴れっぷり…愛ちゃんと呼べと迫っていたことも全く記憶にないということで、改めて、愛さん、と呼ぶことで落ち着いた。
店内は8席のカウンターのみで、私が愛さんの隣に座るとすぐに「宝ちゃん名刺ある?」と、オーナーの三奈さんに紹介された。
「最近西麻布に引っ越してきた宝ちゃん。ご近所さんに仲間入りだよ」
仲間入り、という愛さんの言葉が、むずがゆくも嬉しい。
オーナーの三奈さんは、はんなり、おっとりした雰囲気をまとった人だった。年齢は38歳で、この店のオープン資金は、コツコツためてきた貯金と、自ら銀行に融資を受けてオープンしたのだという。
「つまり自力でオープンしたの。誰かに支援してもらったとかじゃなく、オーナー経営者ってこと。すごいよね。ガッツがあって」
三奈さんのことめちゃくちゃ尊敬してる、と愛さんが言うと「とんでもない借金を背負っちゃったんですけどね」と笑いつつ、三奈さんは、なぜ西麻布に店を?という私の質問に答えてくれた。
「自分がお客さんとして初めて西麻布にきて、ずっと憧れていたワインバーに1人で入ったんです。その時、カウンターで隣合わせた常連客の方が話しかけてくださって。
私が飲食店で働いている、という話をしたら、じゃあ、あなたも一杯どうぞ、とご自身が飲まれていたワイン…ボトルで開けられていた赤ワインを薦めてくださったんです。
でも、そのボトルを見たら、どんなに安くても1本三桁はする最高級ワインで。初対面の、しかもたまたま隣合わせただけの人に気軽に分けるようなワインじゃない。とてもじゃないけど頂けない、とご遠慮したんですけど、どうして?と。
年長者には、下の世代に経験をシェアする義務があるんだよ。次はあなたがいつか誰かにご馳走すればいいんだから、とおっしゃって頂いて。一杯頂きました。そのワインが素晴らしかったのは勿論ですけど、その時のその方の言葉がずっと忘れられなくて。
もう10年以上前のことなんですけど、その時から店を開くなら西麻布にしよう、と決めてたんです。今度は私が、誰かに経験をシェアするんだ、って。それからワインと日本酒を猛勉強して、最終的に日本酒を選んで。この店をオープンしました」
「…めちゃくちゃ良い話ですね…」
思わず口にした私に愛さんが「私も何回聞いてもいい話だと思う」と言って続けた。
フランスで何が起こるか楽しみ。
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