春の風に吹かれて Vol.1

春の風に吹かれて:大学卒業7年で差が歴然。29歳女が同級生に感じるコンプレックス

「美羽子と昔、渋谷で飲んだことがあったんだよ。

帰り道、スクランブル交差点のあたりでネオンを見上げて、美羽子は『いつかあそこに自分の書いたコピーを載せたい』って言ったんだ」

― もちろん、覚えてる。

忘れられない。

― 大学時代、毎日のように思ってたもん。

思い出さないようにしていた夢が、蘇る。

美羽子は、ずっとコピーライターに憧れていた。高校時代から毎月何冊も関連書籍を読み、お金がないなか、数回コピーライティングのスクールにも行った。


「恥ずかしい。思い出したくない」

「なんで?美羽子のああいう、夢を口にするところ好きだったけど」

「夢を口にして美しいのは、学生の特権よ」

夢も、努力も、むなしく散った。意気揚々と受けた広告系の企業は、全滅だった。

旅行会社に入るとき、憧れに固く蓋をした。

「もう今は、コピーライターには興味ないんだ?」

「…うーん。もういいかな。正直、始めるなら20代半ばまでだったと思うし」

研吾は「そうかな?」と優しい声で言う。

「今の美羽子の方が夢に近いところにいるんじゃない?」

「なんで?」

「詳しくはないけれど、人生経験を積んできた人のほうがいいもの書けるんじゃないの?」

「…でも、今さらよ。あと1年で30になる」

「まだ30、な」

研吾は茶化すように笑ってくれたが、美羽子はやはり居心地が悪い。

「箱根駅伝、見た?」と無理やり話題を切り替えた。


レストランを出て、スクランブル交差点にやってきた。

見上げた夜空に、ドーンと大きな化粧品会社の広告。美羽子は、かっこいいなと見とれてしまう。

そのとき、研吾がゆったりした口調で言った。

「今さら、は禁句にしようよ」

「え?」

「だって、一度でも『今さら』って言ってしまったらさ、この先の人生が縮んでいく感じがしない?」

真面目な顔で「俺はね、そう思う」と付け加える。

「いや、もちろん美羽子の事情やタイミングもあると思うけれどね」

研吾は昔からこうやって、優しく背中を押してくれる。

― 研吾の人柄、やっぱり好きだ。

久しぶりに心の中に、沸点を感じる。

コピーライティングと、研吾への恋。

諦めていたつもりだった夢が2つ、にわかに動き出した。

「ありがとう。頑張ってみる」

「おう。無理せずな」

大学時代から大好きだった、その笑顔。

「ねえ、研吾」

「ん?」

「…また会える?いや、彼女さんとかいたら、申し訳ないからやめるけど」

「もちろん、また会おうよ。…彼女は、いないし」

研吾は、照れた表情をした。

「寒いけど、気をつけて帰ってな。すぐ連絡するわ」

「うん。私も」

あと少しで、春が来る。

美羽子は明るい予感に満ちた心で、研吾に小さく手を振った。


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この記事へのコメント

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No Name
うーん、イマイチ。ただ港区港区してないという点は良かった。
2024/02/07 05:2043返信1件
No Name
ネガティブ思考な主人公だなと思ったら、一話完結なのね。 浅い感じな内容で終わったけれど春が来そうなら良かったよ。来週に期待。
2024/02/07 05:1437
No Name
人一倍苦労したとか様々な経験をした人の方がいいものを書けるのはそうかもしれないけれど。研吾は単に年齢を重ねた事を言ってるようで薄っぺらいんだよなぁ。それに美羽子は何も考えず何となく誕生日来て歳だけとる生活してたんでしょう?! 目標もなければ恋愛もしてない、夢中になれるものもない、貯金はしても使いたい趣味もない物欲も無い。言い訳を探すのが習慣づいたアラサー女子に、いいもの書ける訳ないような....
2024/02/07 06:2030返信6件
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