予約が取れなくなるレストラン 【新時代の若手】編 Vol.7

スシ タカミツ

鮨 尚充

導かれ、応え、発露す。すべての啓発に素直たれ。

TAKAMITSU YASUDA 1980年千葉県生まれ。16歳で自由が丘『鮨幸』に入り、15年間修業を重ねる。その後、独立。今年5月、中目黒に『鮨 尚充』の暖簾を掲げる。同業の友人との交流も深い。

中目黒に『鮨 尚充』の暖簾を掲げた、安田尚充氏だ。16歳の若さで知る人ぞ知る名店、自由が丘の『鮨幸』に入るも、10代は迷いがなかったわけじゃない。だが、実家に戻っても台所に立っては鮨を握る自分に、「この道しかないんだ」と答えを出す。

親方と女将は親同然。恩には報いねばならぬ。ここからが正念場。2階建ての店で2階カウンターを任されて6年が過ぎる。この時、赤坂のとある名店に出合わなければ、もう少しだけ独立は遅かったかもしれない。「しゃりそのものの味わい、ネタにほどこす仕事と管理、握り全体のバランス、そのすべてが完璧だった」というそれを口にしてわき出る、「自分が使いたい魚は? しゃりは?」という思いに、どうしてもあらがうことはできなかった。

いつしか「自分の鮨」を供する場を求め、心を決める。ひとつとこで15年修業したからか。もちろん、磨きぬいた腕を見込まれてのことだろう。開店前からひそかに独立がささやかれ、オープン直後から早くも満席続き。ご祝儀相場としても、初速の勢いはただ感心するばかり。それが、2011年。

数少ない休日は鮨を食べ歩き、日がな1日鮨のことを懸命に考える。和が好きだという相澤氏、スローライフに傾倒する安田氏ともに、暮らし方への考え方を店づくりに活かす。そして日々の研究はダイレクトに毎日の鮨に反映される。若きふたりの素直な心根が、鮨屋の垣根を低くする。

活況を呈する東京の鮨屋はまた、新たな局面を迎えたようだ。

右.わずかな期間だけ賞味できる生のとりがい 左.京都・舞鶴の中トロ

右.黒澤有一氏の織部焼に盛られた太刀魚の焼き物 左.鹿児島・出水のあじ

右.天然素材にこだわった店内。つけ台とカウンターは檜に拭きうるしをしたもの 左.大分のクルマえび

右.づけ。しゃりは無農薬無化学肥料の米を使う 左.たまねぎ入りポン酢だれをかけた、かつお


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