
あなたとのDistance:30歳男が本気の女に贈るプレゼントとは。アクセサリーでもバッグでもなく…
絢音と出会ったのは、4年前の食事会だ。
写真展めぐりが趣味だという3つ下の絢音と、カメラ好きな僕が意気投合するのに、時間はかからなかった。
以来、都内や時には地方の写真展に2人で足を運んだ。
絢音は「写真は見る専門」だそうで、カメラを持っていなかった。
2人で出かけるときは、僕が必ず一眼レフカメラを構え、絢音や、絢音のそばにある景色を切り取ってきた。
大切な思い出を、アルバムで保存したいからだ。
絢音と過ごす時間は、たちまち僕のすべてになった。
特にうれしく思うのは、一緒にいるときに絢音がよく言ってくれる、このセリフ。
「浩輔との時間だけが、私の息抜きなんだ」
絢音は、平日は息をつく暇もないほど忙殺されている。真面目な性格であるがゆえに自分を追い込むくせがあり、いつも疲れた顔で帰ってくる。
そんな彼女が一緒にいるうちに笑顔になり、のびのびした様子になるのが、僕にはかなりうれしかった。
彼女の心の休日になれているという手応えを胸に、この4年間、絢音を心から大切にしてきたのだ。
鍋を揺らし、こんがり焼けた肉の上に野菜を入れる。最後に先ほどの合わせ調味料を投入し、かき混ぜる。
― もし僕がフランスに行ったら、絢音は息抜きできなくなってしまうかな。
だんだんと、気分が落ち込んでくる。心配。寂しい。でも、挑戦してみたい。感情が複雑に絡んだとき、玄関の鍵が回る音がした。
「おまたせ。ああ、いい匂いがする!」
いつもの、やや疲れた声が聞こえてきた。
◆
回鍋肉でお腹を満たすと、僕はフランス行きについて切り出した。
絢音は、驚きながらもうれしそうに小さく拍手をしてくれる。
「声がかかるなんて、すごいじゃない。めったにないチャンスなんでしょう?」
「うん。でも、もし行くとしても絢音は一緒に来られないよな?」
「…そうね。今は、仕事を離れるわけにはいかないし」
「だよね。だからその…どうしようかなって」
もちろん、絢音に無理についてきてというつもりはなかった。でも絢音を置いていくのは心配だし、寂しい。かといって何よりこのチャンスをふいにしたくない。
気持ちをうまく言語化できないでいると、絢音は優しく微笑んだ。
「内心もう決めてるんでしょう?だっていつも以上に、目がいきいきしてる」
「え?」
「私はそんな浩輔が好きなんだよ。寂しいけど、どんな決断も応援する。だから心配しないで」
絢音に背中を押されたのをきっかけに、自分のなかでも何度も考え抜き、1週間後に先輩に「行きます」と返事をした。
そして暑い夏が過ぎ、日差しが和らいできた9月の終わり。あっという間に、出発前夜がやってきた。
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