
ハイブラパトローラー:お目当てのバッグを求め、エルメスを何軒も回る女。その実態とは…
◆
水曜日の17時。
珍しく仕事が早く終わった瑞穂は、会社近くの日本橋高島屋で初めて平日のパトロールを試みていた。
夕方だからか、エルメス前の行列の長さは尋常ではない。
― 早く順番来ないかな。
行列の先頭を見ようと首を伸ばすと、その途端、瑞穂の目に大きな絵画が飛び込んできた。
― すごく綺麗!細かい模様に繊細な色!
瑞穂がじっと目を凝らしてみると、絵画だと思ったのは大判のスカーフだった。
淡い色合いの草花の模様に、よく見ると馬や犬などの動物が描かれている。瑞穂なら絶対に合わせない水色、ピンク、そしてオレンジが混ざり合っているが、不思議な調和がとれている。
気がつくと自分の番が来ていたので、思わず瑞穂は受付に聞く。
「あの…。壁に飾ってあるスカーフを見たいのですが」
受付の女性が笑顔で店内へと案内してくれて、さっそく色とりどりのスカーフを出してくれた。
「身につけるだけでなく飾る人も多い」という店員さんの話を聞くと、部屋に飾ってみたくなる。
瑞穂は、店頭に飾られていたのと同じものを1枚購入することに決めた。
「こちらのカシミアストールもおすすめです」
続いて店員さんが持ってきたのは、瑞穂のワードローブにはない、明るい黄色のストール。
身につけるだけで印象が華やかになること、そして何より肌触りがいいことに瑞穂は感動する。
― 会社帰りにさっと身につけたらかっこいいかも。
瑞穂は思い切って、ストールも包んでもらうことにした。
ソファに座って品物と会計を待つ間、瑞穂の目に留まったのは、百貨店の店員とおぼしき人を連れて買い物をしている同年代の女性だ。
「どうして何度来てもミニケリーが出てこないのかしら?」
「こればかりは、我々外商部にもどうにもならないことでして…」
― さすがエルメス。信じられないぐらいのお金持ちも普通に来るのね。
彼らの会話を聞きながら、瑞穂は不思議と落ち着くエルメスの店内を見渡した。
― 次は…あのマグカップやプレートも買っちゃおうかな。部屋に飾ったスカーフを見ながら、おいしくご飯が食べられるように。
瑞穂は、「モザイク 24」シリーズのマグカップとプレートを見つめる。モノトーンの幾何学模様に「H」のロゴが美しい。
ピコタンのことはしばし忘れ、さっそく次の買い物へと思いを巡らせた。
スカーフとストールを買ったので、四ツ谷のマンションのローンの月額とほぼ同額を費やしてしまった。
しかし、お気に入りのモノを手に入れられた高揚感には抗えない。
― 一生ものよね。大切に使おう。
さっそくスカーフをリビングの壁に飾った。
気分が上がった瑞穂は、深夜まで手持ちの服でファッションショーを繰り広げる。
― ああ、このストールに合う服、持ってないかも。
そこで次の日には、ストールに合うシンプルな服も買いそろえた。
◆
その週末から、瑞穂はパトロールの内容を変えた。
単にピコタンの入荷状況を確認するだけではなく、“一生もの”と出会うために店内をしっかり見て回ることにしたのだ。
先日接客してくれた店員さんが、運よく瑞穂を覚えてくれていた。
彼女に頼んでマグカップとプレートを購入し、ついでにコートまで試着させてもらう。
「実は私、ピコタンを探しに来てたんです。でもシルクも、食器も、お洋服も本当に素敵で、エルメスのファンになってしまいました」
一度にたくさんのものは買えないのでコートはまたの機会にさせてもらい、「また来ます」と店を後にする。
こうして瑞穂は、毎月エルメスで買い物をするようになった。
ボーナスではコートを買い、時計を新調し、夏用にサンダルも予約した。自分のためだけに買った一生もののお気に入りに囲まれる生活は、最高だった。
最初に接客してくれた店員さんも、瑞穂が訪れると、必ず駆け寄ってきてくれるようになった。
エルメスで買い物し続けて10ヶ月が経ち、気づけば35歳も残り1ヶ月ほどになったとき――。
「今日は、何か新作は入っていますか?」
その日いつものように瑞穂が聞いてみると、店員さんは「こちらへどうぞ」といつになく真剣な様子で言った。
― え、個室?もしかしてピコタン?
個室に通された瑞穂の前に置かれた、オレンジの箱。
「今日、ちょうど入荷があったんですよ」
そう言って箱を開けると、中から現れたのは、なんとバーキンだった。しかも、かつて専門店で見せてもらったのと同じエトゥープのカラーだ。
「すごく素敵…」
ピコタンを買いたいとあれほど思ってきた瑞穂だったが、店員さんにバーキンを案内されたことが心の底から嬉しく、心をわしづかみにされる。
かつて「私には扱えない」と恐縮したバーキンも、今なら堂々と迎えられるような気がするのだった。
「…私にも、ジェーン・バーキンみたいに使いこなせるかしら?」
バーキンが放つ神々しいまでの佇まいに瑞穂がつぶやくと、店員さんが笑顔で言ってくれた。
「誰かみたいに、ではなく、ご自分のお好きなように使うのが一番素敵だと思います」
1年近くもの間、買い物に付き合ってきてくれた店員さんの一言に、瑞穂は思わず笑顔になる。
「買います。私らしくバーキンを使いこなして、これからも私らしく生きていきます!」
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この記事へのコメント
ハマって借金地獄になった話も聞くから瑞穂は身の丈に合うアイテムを買い続けて上顧客になれたなら良かったじゃないの!
今後、自慢やマウントの道具として使うような人にならないで😂