
ハイブラパトローラー:お目当てのバッグを求め、エルメスを何軒も回る女。その実態とは…
瑞穂が20歳のとき、来日したジェーン・バーキンがテレビに出ていた。
バーキンを床に叩きつけ、ボコボコに踏みつける様子が放送されていたのを、今でも覚えている。
「バーキンは、こうやって使うのよ」
― 面白い人に、面白いバッグ…。
当時は、ただぼんやりと印象に残っただけだった。
しかし半年前、瑞穂はエルメスに強い興味を持つようになる。
仕事帰りになんとなく寄ったエルメス専門店で、偶然バーキンを見せてもらう機会に恵まれた。
手袋をした店員さんがうやうやしくショーケースから取り出した、エトゥープのバーキン。デザインや、レザーのきめ細かさ、すべてが完璧なそのバッグは瑞穂の心を踊らせた。
― 私も、ジェーンみたいにバーキンを使いたい!
衝動的にそう思いながらさりげなく値段を聞くと、それは予想をはるかに上回る金額だった。
― …これは私に扱えるバッグではないわ。
早々にバーキンを諦めた瑞穂だったが、その日、運命の出合いを果たす。コロンとしたフォルムの小さなバッグ、ピコタンロックが目に留まったのだ。
店員さんに声をかけてピコタンを持たせてもらうと、瑞穂は思わず「えっ」と声を漏らした。
とてつもなく軽く、柔らかい。
聞けばトリヨンクレマンスという、レザーの中でも最高級部位を使っているとのことで、高額なその値段にも瑞穂は納得できた。
― このバッグの身軽な感じは、私の人生にぴったりかも。ひとりでふらっと映画に行ったり、バーで飲んだりするときに持ちたい!
結婚せず1人で身軽に生きていく自分のイメージに、ピコタンがリンクする。
A4サイズの書類が入らないところも、“完全プライベート用バッグ”という感じがして気に入った。
「ピコタン、すごくかわいいです…。ほしくなりました。でもこれ、中古なのになんでこんなに高いんですか?」
店員さんは微笑みながら答えてくれた。
「ピコタンは、大変人気な上に、直営店にもめったに入荷しないので、中古でも定価の1.5倍ほどの価格となっております」
― 決めた。35歳の節目に、自分へのプレゼントとしてピコタンを買おう。もちろん直営店で。そしておばあちゃんになるまで一緒に生きて、ジェーンみたいに使い倒すんだ。
◆
「バーキンはありますか?」
声が聞こえ、回想にふけっていた瑞穂は我に返る。
エルメス 伊勢丹新宿店がようやく開店し、先頭に並んでいた女性が受付に在庫状況を聞いたのだ。
「本日は入荷がございません」
受付の返事を聞いて、女性はそそくさと立ち去った。
そのやりとりを聞いて数名が列から抜けたので、瑞穂の順番は思いのほか早く回ってくる。
「ピコタンはありますか?」
自分の番がきて、瑞穂はすかさず受付に尋ねた。しかし、女性は申し訳なさそうに言う。
「本日ご案内できるお鞄はございません」
「ありがとうございます」
― さて、予定通り銀座に移動しよう。銀座になければ丸の内を見て、そのあと表参道か日本橋を回って今日は終わりにしようかな。
毎週末のようにパトロールをしているが、ピコタンとはまだ一度も出会えていない。
「今日は朝一番でピコタンの入荷があったんですよ」と店員さんに言われたこともあるが、すぐに売り切れてしまったそうだ。
バッグを探し回るだけの1日。はたから見れば、不毛な週末かもしれない。だがピコタンをどうしても手に入れたい瑞穂にとっては、パトロールも幸せな時間だ。
この記事へのコメント
ハマって借金地獄になった話も聞くから瑞穂は身の丈に合うアイテムを買い続けて上顧客になれたなら良かったじゃないの!
今後、自慢やマウントの道具として使うような人にならないで😂